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Kissポート みんなのテレビ講座

Kissポート みんなのテレビ講座

第1回 テレビ放送のこれまで第1回 テレビ放送のこれまで

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クマダさん ミナちゃんイラスト
わたしたちの生活に最も身近なメディア「テレビ」。
デジタル放送が普及し、テレビをとりまく環境は大きく変わっています。
今回の新連載では、そんなテレビにまつわるあれこれをご紹介します。
ナビゲータは、テレビに詳しいクマダさんと、連載講座でおなじみのミナちゃん。
第1回は、日本のテレビ放送の歴史について学びます。
TV写真
ヨウコ先生
ミナちゃんは、日本でいつテレビ放送が始まったか知っていますか。
ミナちゃん
いいえ。
テレビって、なんだかあたりまえのようにあるものだから、考えたことがなかったわ。
クマダさん
1953(昭和28)年2月1日にNHKが、8月28日に日本テレビ放送網(NTV)が、テレビ本放送を始めました。
NHKのテレビ専用スタジオで使用した映像機器の、テレビカメラなど数種を除くほとんどはNHK技術研究所が設計した国産品だったのですよ。
ミナちゃん
戦後まもないころなのね。
当時、国産品の機器を使用していたということは、海外からまるごと製品や技術を輸入してきたわけではないってことかしら?
クマダさん
ええ。テレビジョン研究は日本でも大正時代の末頃から進められていて、1940(昭和15)年ごろには、ほぼ実用化というところまできていたのですよ。
ミナちゃん
テレビ放送が始まると、すぐにみんなが家でテレビを見ていたの?
クマダさん
いいえ。というのも、テレビ受信機、いわゆるテレビ自体が非常に高価だったのです。
大卒初任給が1万5千円の時代に、14インチ型のテレビが14〜18万円と、まさに高嶺の花!
ちなみにテレビの受信契約者第1号は東京都の中学3年生だったのですよ。
ミナちゃん
簡単には手が出せない値段だったのね。
クマダさん
しばらくは、食堂、喫茶店や銭湯などテレビのあるところに「見に行くテレビ」でした。
1956(昭和31)年ごろにテレビの量産体制が確立し、徐々に値が下がっていきます。
さらに、1959(昭和34)年の皇太子ご成婚中継をきっかけとして、一気にテレビが家庭に普及していきました。
ミナちゃん
昔のテレビは白黒よね。カラー放送はいつ始まったのかしら?
クマダさん
1960(昭和35)年、アメリカ、キューバに次いで世界で3番目にカラーテレビ本放送が始まりました。
NHKおよび民放各局で始まった初期のカラー放送は、1日1時間程度と放送時間も限られ、新聞の番組表に「カラー」の表示があったのですよ。
ミナちゃん
一気にカラー放送に切り替わったわけじゃないのね。
クマダさん
NHKの総合テレビで全時間カラー化したのは1971(昭和46)年です。
大阪万博や札幌冬季オリンピックをきっかけに、1970年代、カラーテレビは家庭へと普及していきます。
白黒テレビでも(色は白黒ですが)カラー放送の番組そのものは見ることができたので、白黒テレビもしばらく使われていたようですよ。
ミナちゃん
映像が白黒からカラーになった変化は大きかったでしょうね。
クマダさん
ええ。その後も衛星放送やハイビジョン放送など放送技術は進歩を続け、2003(平成15)年には、地上デジタル放送が開始されました。
これも大きな変化なのです。詳しくは次回、お話ししましょう。

幻の東京五輪中継とテレビ放送技術の進歩

1940(昭和15)年、アジア初のオリンピックが東京で開催される予定でした。この東京五輪開催決定を受け、1936(昭和11)年、「東京五輪テレビ中継に向けてのプロジェクト」がスタートします。
しかし、当時の日本には実験室で作製した撮像管と受像管があるだけ。実際のテレビ中継のためには、気の遠くなるような課題がありました。
各方面の協力を得てプロジェクトが進められるなか、日中戦争の影響により、東京五輪は1938(昭和13)年に開催を返上し、幻に終わりました。 しかし、テレビ研究は関係者の熱意で続行され、日本のテレビ放送技術は、短期間に実用レベルへ到達します。
1939(昭和14)年の日本初のテレビ受像公開実験以降、次々とテレビ実験が進められ、設備も拡充、小型軽量カメラなどがつくられました。
1940(昭和15)年には、日本初のテレビドラマ『夕餉前(ゆうげまえ)』を実験放送。戦時下でテレビ研究は中断されてしまいますが、すでにこの時期に、日本のテレビ放送技術の基盤はつくられていたのです。


ミナちゃんイラスト
日本でテレビ本放送が始まって約60年。その技術の進歩には目を見張るものがありますね。
次回は、地上デジタル放送について。 どうぞ、お楽しみに!

監 修:NHK放送博物館(http://www.nhk.or.jp/museum/)TEL:03-5400-6900

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