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日本が誇る最高峰のジャズミュージシャン! 5月に新人発掘Jazzライブを開催される前田憲男さんに、お話をうかがいました。
遊び道具は音楽 「親父が声楽に興味があって、うちにはレコードが沢山ありましたね。物心ついた頃から、それを勝手に、ひっぱり出してきて聴いてもいいことになっていました。つまり、遊び道具ですね。うちにはピアノもあったから、親父に教わるともなく弾くようになって」。こんな幼少時代があり、自然に音楽を吸収していかれたそうです。作曲することに対しての下地は小学校に入る前からあったそうです。「親父とのコミュニケーションの中で作曲してみろとかね。それから、中学の音楽の先生が徹底的に作曲を教える人だったので、それが私にとって非常にラッキーだったですね」。また、ご両親が教師だったこともあり、教師になるものだと思っていたという前田さんですが、「うちは学費を自分で稼がなくちゃいけなくて、ミュージシャンのバイトでいろんな場所に出演していたんですが、当時はそのバイト代がよかったんですよ。で、これは効率いいからって高校卒業してすぐこの道に入っちゃったんですね。それから、そのまま現在に至ってます」アレンジャー+チャレンジャー 「仕事は全く受け身でね。金になりゃ~何でも(笑)」と、ざっくばらんに語る前田さんはピアノからプロとしてスタートされ、途中アレンジャーに転身、指揮者としても活躍されています。「色々な仕事にチャレンジしていくなか、指揮をする機会があってね。全くの自己流だったんだけど、最終的にシンフォニーオーケストラを指揮する機会もできて。60名余りの前で振って、私について音が出てくるのが非常に気持ちいい。社長になったかのようにね(笑)。だから、今、指揮者が一番面白いですね」ジャズの愉しみ方 ジャズの愉しみ方についてお聞きしたところ、「聴く方の自由ですね。小説や映画と同じで、受け取り手の自由なところがいいじゃないですか。同じ人でも、子供の頃に聴くのと、大人になって聴くのとでは違うでしょ? それをどんな聴き方しなさいって言うのはジャズじゃないと思いますよ」音楽をやめようと思ったことは一度もないという人生、今、振り返ると一番性分にあった仕事、それがミュージシャンだったという前田さん。最後に今後の活動についてお聞きすると「生涯現役であれば何も言うことなし。そして、ある日、バタンと死んでいたいね」 前田さんの直筆の自画像です。漫画家を目指されていたこともあったとか。 |
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