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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
チェリスト 唐津 健さん

チェリスト

唐津 健 さん

魅惑のピアノトリオが奏でる室内楽。貴重な初演曲も

12月14日、高輪区民センターで開催される『クリスマス・ファミリー・コンサート ピアノ・トリオの饗宴 ~オメガ・トリオ~』。出演されるチェリストの唐津健さんに、オメガ・トリオのことや、コンサートの聴きどころを伺いました。

「オメガ・トリオ」とは?

時計のオメガとは全然関係ないですよ(笑)。ピアノの鷲宮美幸さんとヴァイオリンの松実健太さん、僕のユニット名です。もともと桐朋学園時代の先輩後輩で、10代の頃から一緒に室内楽をやっていた仲。3人共演する機会が多くなったので、2010年頃から「オメガ・トリオ」と命名して活動しています。オメガは、究極という意味。活動するなら究極を目指したいね、と相談して決めたものです。
松実さんも鷲宮さんも忙しい毎日ですが、ピアノがある我が家に集まって合わせることもあります。最近はオメガ・トリオのレパートリーも増えたし、それぞれ過去に演奏した曲も多いので音合わせはスムーズですね。演奏の方向性や相性も良いのでしょう。生徒を教えたり、さまざまな経験を経て、互いの音を聴きあえるようになったというか、ブレンドするのが心地よくなってきました。音楽家も人間なので、そうした変化が演奏にも出るんですね。

今回のコンサートの聴きどころは?

第2部で、ブラームスの『ピアノ・トリオ第1番』を演奏します。ブラームスは大好きな作曲家で、室内楽の名曲をたくさん残しています。ブラームスのピアノ・トリオは3作ありますが、1番は青年期の曲でフレッシュさもあって魅力的。聴きやすいと思います。
珍しい曲も演奏します。第1部の最後に予定しているフランク・ブリッジは、日本ではほとんど知られていないイギリスの作曲家。イギリスらしさが感じられる良い曲をたくさん残していますが、ほとんど演奏されていません。僕も松実さんも同時期にイギリス留学していてイギリスにこだわりがありますので、せっかくならこれをやろうと。オメガ・トリオでも、結成後すぐのラジオ番組で演奏しただけ。コンサートで演奏するのは初めてです。そのブリッジの『トリオのための9つの小品』から3曲演奏します。1曲3~4分と聴きやすいし、初めての方もドイツやイタリアの曲と異なるイギリスらしさを感じていただけると思います。

イギリスらしさとは?

緑や牧草地のイメージとともに大都市ロンドンの町並みや喧騒が思い浮かぶことでしょうか…。港区育ちの僕は、ロンドンの都会的な感じが好きなんですよ。

ヴァイオリンの松実さんとは、長いお付き合いだそうですね。

松実さんとはイギリス留学も同時期ですが、実は中学生の頃から知っているんですよ。夏休み等、各地でクラシックの音楽祭が開催されますが、そうした場に音大生や音高生が多数参加して演奏経験を積みます。僕も彼も、そうした場に参加していたんです。

ロンドン留学時代のエピソードを教えてください。

僕がロンドンに留学したのは、高校を卒業してすぐ。大学4年間をロンドンで過ごしたことになります。向こうの大学は9月始まりですから、4月に卒業した僕らは、半年間、英語を勉強するプログラムがあります。それでも、大学ではいきなり英語でディスカッションしたりする授業が始まるので大変でしたね。
一番ラクなのは、レッスンですよ。音楽用語はイタリア語が多いのでなんとなく共通ですが、音楽史や音楽理論の授業になると、専門用語がでてくるでしょう。御存知のように、イギリスの英語とアメリカの英語(米語)はけっこう違いがあって、アメリカの8分音符は8th note、16分音符は16th noteでわかるんですが、イギリスの8分音符はquaver(クェイバー)、16分音符はsemiquaver(セミクェイバー)といった具合で、単語そのものが違うんです。
もっと苦労したのが、先生の英語。たまたま音楽史の先生がスコットランドの出身で、スコティッシュなまりが激しかったんですよ。中学時代から英語の勉強はしっかりしていたんですが、それでも何を言っているのかまったくわからない。一回目の授業が始まったとたん、サーっと血の気が引きましたね。
音楽理論の先生と「どうだい?ロンドンには慣れた?」みたいな雑談の時に「音楽史の先生の英語が全然わからなくて」と相談すると「Oh! Don't worry.(心配いらないよ。)僕も時々彼の英語はわからないよ」って言ってくれましたが(笑)。とはいっても、全然わからないので、先に留学していた方からノートを借りて、やっと「これをやっているのか」とわかりました。
一番厳しかったのは、勉強が忙しくて楽器の練習ができないことでした。なにしろ日本の音楽高校だと宿題はそう多くないし、楽器を弾ければ文句を言われません。ところが向こうは、隔週でタイプ打ちのペーパーを提出し、学期ごとに何十ページもの分厚いレポートを提出しなければなりません。毎晩、学校の図書館で調べ物をしながら「もうこんな時間か、チェロの練習ができない…、明日レッスンがあるのに…」と、だんだん追い込まれて。今でも当時のことを夢に見て、ハッと飛び起きることがありますよ。
今となっては笑い話ですが、松実さんとも「人生ってそういう時期も必要だったのかもね」と話すことがあります。生徒を教え、自分の練習もしなければならない今は、なかなか勉強できないですからね。当時は、語学のハンディキャップもあって大変だったし悔しい思いもしましたが、その分、鍛えられたしタフになりました。
楽しいことも、たくさんありましたよ。当時、日本からの留学生は全校で5人ほど。ロンドンは家賃や物価が高いので、シェアハウスを借りて住んでいたんですが、みんなで夜中に集まって、日本から送ってもらったテレビドラマのビデオを一気にまとめて見たり。歴史あるロンドンの町並みを歩きまわるのも楽しかったですね。
一番恵まれたのは、僕の場合、先生でした。チェロの名奏者だったジャクリーヌ・デュ・プレを育てた名教授、ウィリアム・プリースのご自宅でレッスンしてもらったことは、技術よりももっと深い音楽的なものを学ぶことができて、得るものが多かったです。僕らのファッションが変化するように、クラシックも時代にあわせて演奏スタイルが変わっていきます。そうしたことを肌で学ぶことができて、すごく貴重な数年間だったと思います。
僕は、ソロ演奏と室内楽の両方をライフワークだと思っています。ソロも良いのですが、チェロは、室内楽を支える大事な音色。いろいろな演奏家とコミュニケーションしながら、クラシックがバッハの時代から300年を経て、さまざまなスタイルで演奏されてきたように、「こんな演奏もあるのか」と触発しあうのがすごく楽しいんですね。絶対にこうでなければならないという厳格なセオリーはありますが、でも、そこから先は自由です。メンバーが変われば中身も変わる。それがアンサンブルの醍醐味ですね。

コンサート、聴き逃せませんね。

ぜひ、いらしてください!

プロフィール

チェリスト 唐津 健さん

唐津 健(からつけん)
桐朋学園高校音楽科卒業後、英国王立音楽大学首席卒業。その後、ボストン・ニューイングランド音楽院修士課程修了。在学時より国内外で高い評価を受け、卒業後も、ソリスト、室内楽奏者として、リサイタル、メディア出演、CDリリース等で活躍。「公共ホール音楽活性化事業」登録アーティスト。