ここから本文です。

ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
女優 水谷 八重子さん

女優

水谷 八重子 さん

水谷八重子のライフワーク
朗読と芝居で魅せる樋口一葉の世界

樋口一葉の短編小説『大つごもり』。この作品を朗読と芝居の両方で味わえる舞台を、2003年から毎年12月に港区で続けてきた新派女優の水谷八重子さん。舞台を始めた経緯や、今年の見どころを伺いました。

どんな舞台なのでしょうか。

新派の公演は、大きな舞台が多うございますから、そこでは朗読という手法はあまり使われません。とはいえ、今に残る新派の作品は、そのほとんどに原作がございます。それを読もうと思ったのがスタートです。ところが、明治時代の書き言葉というものは、死語になっているものがほとんど。どう頑張っても、読んだだけでは聞く方に正しくお伝えできないんですね。
ですが新派には、劇作家・久保田万太郎先生の名脚色がございます。そこで原作を朗読し、それを立体化した芝居と、両方を楽しめる舞台を考えました。それでもお若い方には聞き慣れない日本語でしょうから、作家の島田雅彦先生の現代語訳も読んで、その三本立ての“朗読新派”といたしました。

『大つごもり』を選ばれた理由は?

不純な動機でございましてね(笑)。初めて女性がお札の顔になると発表があって、樋口一葉さんが五千円札になるという。それで年末に一葉さんの『大つごもり』(大みそかの意)をと思ったのです。
お札の発行は、1年遅れて2004年。ですから1年先取りで始めました。一葉さん(五千円札)を持ってきたら客席にどうぞ、だったのが協賛でお安くなり、一葉さんで野口英世さん(千円札)がお釣りで戻ります(笑)。

港区と縁のある作品だそうですね。

この作品の舞台は、実は白金台町(今の白金台)あたり。樋口一葉さんも一時期、港区に住んでいたそうですね。私も、2000年頃、港区に引っ越してまいりました。ほどなく公演を始めて、もう12回、続けることができました。

今回の公演の見どころは?

今年は、新派に若い男の子が3人入りました。そのうち2人を抜擢し、新派女優の瀬戸摩純(せとますみ)が、おみねという主役で若い2人をひっぱります。波乃久里子や私の後を継いでくれるであろう瀬戸摩純の成長した姿と、こんな若手男優がいるということを見てください。脇役もベテランばかりです。
年が明けた2015年1月には、三越劇場の花柳章太郎没後五十年追悼『初春新派公演』で、やはりこの『大つごもり』を上演いたします。そこでは還暦を過ぎた波乃久里子がおみね役に挑みます。その円熟の演技の極めつけの舞台もあわせて見ていただければ。 ―年末に若いおみねを見て、年が明けたら大ベテランのおみねが見られるという楽しみな趣向ですね。
子役もひとり登場します。子どもはすぐに大きくなってしまうので、同じ役を続けてもらうことができないのですが、舞台に出た子は、自分のセリフをいつまでも覚えていますね。
「ねぇや」って呼ばれて「はぁい」と返事をするシーンがあるのですが、その「はぁい」という返事が、面白くて、可愛くて。その子役のお家の方は、芝居が終わってもその子を「ねぇや」って呼んで「はぁい」って返事をさせるんだそうですよ。

学生や子どもにとって、明治時代の日本語に触れる良いチャンス。本当に幅広い年齢の方に見ていただける舞台なんですね。

お年がいった方からは「懐かしい言葉に触れることができました」というお手紙をいただくこともあります。私たちがセリフと思って何気なく言っている言葉にも、ハッと思わせられることがあるんですよ。たとえば「この数え日にきて」というセリフ。わかりますか、“数え日”って。
今年ももうあと何日、と指折り数える時の“数え日”ですが、日用語ですから芝居の中ではサラッと使わなければなりません。でも、今ではほとんど使いませんし、意味もわかりにくくなってきていますよね。そうした一言も、大事に言わなければならないのだな、と感じました。
明治の頃の言葉は、同じ日本語ですから今も文字で見たら読むことはできます。ところが今の方からすると、意味やイントネーションが変わってしまった言葉もあります。お話全体を通して聞けば、「そういうことなのね」と理解はできるでしょう。でも、 理解の深さはぜんぜん違います。私たちはプロですから、その時代の舞台をお見せするのなら、その発音で言えなければなりません。ですから、お客様のお力をお借りして、日本語の勉強をさせていただいている場でもある、と思っているんですよ。

それで舞台の途中でも、現代語の詠み人や水谷さんが登場して、言葉の解説やお芝居を理解する手助けをしてくださるのですね。

専門の先生にも指導をお願いしているんですよ。たいへんお詳しい先生で、もう、私たちなんて叱られっぱなし。「今の人は全部つなげて言ってしまうから、意味がわからなくなる」と、句読点ひとつとってもはっきりと言うように「気をつけろ」と言われます。私の台本なんて、矢印で説明書きだらけになっています(笑)。
それに今は、お家の中に土間や井戸がある暮らしそのものがなくなってしまいましたからね…。「こういう生活だよ」と、当時の様子をなるべく再現したいですね。

麻布区民センターが改修工事で、今年は赤坂区民センターでの公演ですね。

舞台がちょっと大きくなりましたね。麻布の舞台のこぢんまりさが、赤坂でどうなるか。ただ、私が尊敬していた照明家の先生が「劇場によってできるできないって芝居はないよ。そのためにスタッフがいるんだよ」と。新橋演舞場や歌舞伎座を手がけるスタッフがいますので、劇場の大小を忘れさせる、芝居の膨らみが出せるのでは、と思います。

港区がある限り続けて欲しいですね。

ライフワークのようになりました。仲間も私も続けたいと思っております。皆様もぜひ、お越しください。

プロフィール

女優 水谷 八重子さん

水谷 八重子(みずたにやえこ)
1955年、新派初舞台。同日、ジャズ歌手としてもデビュー。以来、TV、映画、舞台で活躍。母親・初代水谷八重子の没後、1995年二代目水谷八重子を襲名。自主公演も含め様々な活動を行い、新派のリーダーとして劇団を率いる。2001年紫綬褒章、2009年旭日小綬章を受章。