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ピエール・ジルさん

さまざまなジャンルの音楽の花束 フランス語で歌うコンサート

伝説のシャンソン喫茶・銀座「銀巴里」唯一のフランス人歌手として、またアーティストとしても活躍してきたピエール・ジルさん。実は、2001年から16年間続いている「J'AIME CHANTER フランス語で歌うコンテスト」の主宰者でもあります。5月14日に赤坂区民センターで開催される「赤坂ふれあいコンサート『シャンソンのブーケ』」には、そのピエールさんとコンテストの歴代受賞者たちが出演。コンテストやコンサートに込めた思いを伺いました。

『銀巴里』で歌うことになったきっかけは?

フランスでは、教会のボーイソプラノで歌っていたこともありましたけど、声変わりして歌わなくなっていたんですよ。それが19歳の時、有名なオペラ歌手がテレビの音楽番組で歌っているのを見たんです。ポップスの番組でしたが、彼女は「普通の人はなかなかオペラ座に行かない。こうした歌を聴くチャンスがないので皆さんに紹介したかった」と言い、それがとても印象的で手紙を書いたんです。しかも返事をいただいて、その方から歌を習うことになりました。ですから僕の歌はクラシックがベースですが、音楽大学で学んだりしたのではなく、趣味で始めたものですね。ところが、日本に来たら歌う場所がないんですよ。アパートは壁が薄く大きな声が出せません。新宿御苑や江の島の海岸で歌っていたら、友人が「そんなに歌いたいなら、銀巴里で歌えば?」と。それで銀巴里に聴きに行ったら、歌手は日本人ばかり。本場の歌はこうだ!と、オーディションに参加したら受かっちゃったんですよ(笑)。当時は日本のシャンソンブームも終わり、銀巴里の社長は何か新しい方向を探していたのかもしれません。銀巴里は私にチャンスをくれました。
銀巴里で2~3年歌っていると、そのうちもっと大きなステージでも歌いたくなって、年に1回コンサートを開くようになりました。おかげさまでそれからフランス語講座のテレビやラジオに出演するようになり、タモリさんの「笑っていいとも」の外国人コーナーにも出たり、いろいろなことをやりました。でも、タレント活動は良い時もあれば、そうでない時もあります。ある芸能事務所の社長から「シャンソンに将来はないから金髪の演歌歌手に」と言われたり(笑)。最近は、黒人の演歌歌手もいるからビジネスとしては良いアイデアだったのかもしれませんけどね(笑)。

2001年から「J'AIME CHANTER フランス語で歌うコンテスト」を主宰していますね。

歌手やテレビ番組でタレント活動をしながらも、フランスで教育を勉強してきたこともあって、来日してからの僕の基本は常に、教師として学校で教えることでした。それが、コンテストのアイデアにつながりました。40代になって、フランス語を好きな人たちを応援し、若い人にチャンスを与えたいと考え、「J'AIME CHANTER フランス語で歌うコンテスト」を作ったのです。1年目はどこの協力もありませんでしたが、その後、フランス大使館などが援助してくれるようになり、今では北海道から沖縄まで、全国から応募がくるコンテストになりました。

どんなコンテストなのでしょうか。

コンテストの名前を決める時、僕はシャンソンという言葉を使いませんでした。音楽のジャンルは問わず、クラシックでもロックでもラップでも全然かまわないし、日本の曲をフランス語に訳したものでもいいのです。「J'AIME CHANTER」のJ'AIMEは「愛している」、CHANTERは「歌うこと」。つまり「私は歌うことが好き」。そういう意味ですね。そして主宰者として、審査員に判断していただきたいのは歌心。その歌の気持ちが、ちゃんとお客さんに伝わるかどうかということです。
第一次審査は、送られてきた録音を聴いて選びます。その応募が毎年100通前後。その中から選ばれた、大人と学生の2部門各8名(計16名)が決勝戦に出場します。毎年驚いているのが、第一次審査の応募者のレベルが年々高くなっていること。このコンテストがあるから頑張りたいと思ってくれている人たちが、たくさんいるのかもしれません。 そしてこのコンテストは、フランス語のコンテストではないのです。たとえば、10年くらい前のことですが、第一次審査の応募の中に、全く理解できないフランス語の歌があったんですよ。

理解できないフランス語とは?

発音も変だし、曲も聴いたことがない。応募者は20代の女性で、小さな手紙がついていました。実はフランス語を勉強したことのない方が、作詞作曲した自分の曲を、自分でフランス語に訳したものだったんです。辞書を買ってきて言葉を訳し、文法は全く知らず、発音も全くわからず。でも、曲が良かったんですよ。雰囲気というか、何かが伝わってきた。そこで第一次審査を通したところ、1等ではありませんが、アンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)で勉強できるという賞を受賞しました。そんなチャンスもあるのです。プロのレベルの人たちも当然応募されますが、全くの初心者でも、フランス語で何かを表現したい方ならどなたでも、ぜひ応募してほしいですね。
今年で17年目、いろいろ大変なこともありましたが、自分の人生でこのコンテストだけは、神様が見ていてくれて天国に送ってくれるかな(笑)。03年からはKissポート財団の特別共催で、こんな素晴らしいホールを決勝戦に使わせていただいています。東京の赤坂で歌えるのって、グレードが高いですよね。

そうした縁で、今回の「赤坂ふれあいコンサート『シャンソンのブーケ』」では、これまでのコンテスト受賞者とピエールさんが一緒に舞台に立つのですね。

そうです!ただ最初の目的は、一昨年に亡くなったある方に捧げる追悼でした。その方は、実は僕が銀巴里に入った1983年頃、銀巴里の若いマネージャーだった人で、当時大変お世話になりました。銀巴里の閉店後、その方は音響の会社を作り、シャンソンのコンサートなどイベントの音響を担当していました。そして僕がコンテストの企画を彼に相談すると、それからずっと協力してくださったんです。そんな彼への感謝の気持ちで始めたものですから、今回の出演者は彼が担当してくれた2014年までの出場者。何度も何度もお世話になったこの赤坂区民センターのホールで、我々は歌で、天国へも感謝の気持ちを贈ります。出場者は小学生から大人までと幅広く、このコンテストで優勝した後、プロの歌手になった方もいます。それぞれの方がベストな歌をお届けできるよう、私も頑張りたいと思っていますので、ぜひ皆さん、聴きにいらしてください。

『シャンソンのブーケ』のチケットを販売しています。詳しくは「イベント情報」をご覧ください。

プロフィール

ピエール・ジル さん

1956年セネガル生まれ。79年初来日、81年ソルボンヌ大学日本語学科卒業。82年より教師をしながら、83年~90年シャンソン喫茶「銀巴里」のステージに出演。NHKテレビ・ラジオのフランス語講座、NHK「書道に親しむ」、フジテレビ「笑っていいとも」など数々のテレビ出演で知られる。2014年、草月ホールで銀巴里デビュー30周年リサイタルを開催。

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