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千住 明さん

日本語オペラを世界に発信 財団テーマ曲『Our Home Port』も

千住明さんは、テレビドラマや映画、アニメの音楽から現代音楽まで幅広く手掛けてきた作曲家。その千住さんが、Kissポート財団のテーマ曲『Our Home Port』を作曲してくださいました。曲に込めた思いや、千住さんが切り拓いてきた日本語オペラにかける思いを伺いました。

今年1月の『Kissポート財団設立20周年記念 アニバーサリー・コンサート』で、財団テーマ曲『Our Home Port』が披露されました。

区民の皆さんが同じ音楽を持つことは、とても良いことです。東京に住むと故郷がないと思いがちですが、心の中には都会だからこその故郷があるし、絵画と違って目に見えない音楽は心の中で伝えていくもの。また、港区は海に面し、海外に出て行く場所でもあります。そこで、日本の母港、自分たちの港という意味も込めました。
うした町の歌、校歌や社歌は、作って終わりにしてはいけないものです。この曲は1つの曲の中に、財団の理念に基づいた「スポーツ」「ふれあい」「文化」「健康」という4つのモチーフが入っていて、それぞれのメロディを組み合わせたりアレンジして、いろいろ使っていただけるような構成です。歌詞をつけて歌にしたり、あるいは時報に使ったり。お知らせやサインとして鳴らすこともできるのです。
メロディを町のいろいろな音楽として使うというコンセプトのきっかけは、東日本大震災後、「歌った人皆の記憶に残る、100年後も伝えられる歌」を作ってほしいと依頼されたこと。被災された地域の保育園の子どもやその親、卒園した人たちから伝えていきたい言葉を募集したところ、一番多かったのが「世界中の人たち助けてくれてありがとう」と「地震がきたら高いところに逃げなさい」という言葉でした。それで、合唱曲『坂道のうた』と大船渡保育園園歌『さかみちをのぼって』を作りました。この歌を歌った子どもたちは、メロディを聞くと「坂道をのぼる」ことを思い出せます。地震や津波がきて、防災無線ではなくても、この曲を流せば「皆さん逃げてください」となります。『Our Home Port』も、暮らしの中でなにかを伝えるような役割を持ってほしいと思っています。
使い方の可能性が広がるように、そして何世代もバトンを繋げていけるよう作りました。親しんでいただけると思います。

『Our Home Port』の作曲をお願いするきっかけとなったのは、平成27年、Kissポートクラシックコンサートのオペラ『万葉集~二上山挽歌編』の上演とお聞きしました。

オペラ『万葉集』は、万葉集の歌をモチーフに、俳人の黛まどかさんと作った2部作です。大和言葉(やまとことば)で歌い、その後ろでコーラスが現代語で歌うといった立体的な構成で、オペラより、オラトリオ(演技や舞台装置などがなくオーケストラと合唱で構成される叙事的な楽曲)に近いものですね。とくに、東日本大震災の時に書いた「二上山挽歌編」のフィナーレは、“日本の第九”にしたいと思って作った曲です。『1万人の第九』というものがありますが、あれぐらいの勢いで歌ってくださる合唱団が全国に増えているんですよ。
本作は、僕のこれまでのエッセンス全てを取り入れた壮大なエンターテインメント。それをここまでクラシカルにできたので、僕はもう思い残すものはないですね。ですからぜひ、皆さんにも聴いていただきたい。短編映画を見るように、万葉の世界に浸っていただけると思いますよ。

日本語のオペラ作品に対する思いを教えてください。

僕には、こうしたスタイルの曲が4作あります。1つは能の『隅田川』を題材としたオペラ『隅田川』。次に、詩篇交響曲『源氏物語』。この2作は作詞家の松本隆さんと作りました。そして、次にお願いしたのが同年代の俳人・黛まどかさんです。つまり2人とも、オペラ作家ではない方なんです。オペラには、レスタティーヴォという独特な語りの歌い方があって、イタリア語やドイツ語だととても美しいのですが、日本語だとどうしてもお経のようになってしまうんですよ。それを避けるため、全て美しい言葉にしていただきました。とくに俳句は言葉を削ぎ落としていくもので、ひとつの言葉にいくつもの意味を持たせます。そこで、黛さんが長い文章を書いたらどうなるか。ものすごく興味があったんですね。それでこのオペラ『万葉集』の2作と、泉鏡花原作のグランドオペラ『滝の白糸』ができました。非常に新しい世界の扉をこじ開けたと思っています。
歌ってくださるソリストは、世界的に活躍されている方ばかりですが、皆さん「日本語で歌いたかった」とおっしゃっていました。さらに、ご自身が修行された、あるいはお世話になった世界のオペラハウスに「持っていきたい」とも言ってくれました。美しい日本語のオペラを海外に持っていきたい、ということです。
今年秋には、ハンガリーでオペラ『万葉集~二上山挽歌編』を上演します。ハンガリーの現地合唱団40名と一緒に現地で歌うツアーも考えています。これをきっかけに、今まで作ってきた日本語オペラ4作品を世界に出せるようにしていきたいし、僕としては、その海外発信のベースとしての役割を、ぜひ港区にやってほしいと考えています。僕は、港区に生まれ、家も事務所も港区。僕の音楽は港区で作られたものですから。

港区がホームなのですね! 芸術家3人を輩出された千住家はどのような環境だったのですか?

僕は愛育病院で生まれ、父は慶應大学の教授で、慶應の幼稚舎から大学まで通って、その後、藝大に行きました。母の家も学者の家系で、この2人が僕たちを大変ユニークに育ててくれたんです。父は数学者で自分の研究に熱中し、僕らはそれを見て育ちましたから、兄の日本画家・千住博も、妹のヴァイオリニスト・千住真理子も、父のように集中して好きなことをやっていました。そこに母のユニークなエッセンスが入ったのでしょうね。母も非常に才能豊かな人で、何かやったら絶対僕たちは抜かれていただろうと思うくらい自由な発想をする、家族の中でも一番アーティスティックな人でした。
父は「やりたいことを見つけろ、専門家になれ」と言っていました。何になってもいいが、一切のヘルプをしない。なので、手助けや親のコネが必要なものにはなるな。そして、好きなものを探すのが学生時代だと。そこでまず真理子が12歳でN響と共演してデビュー。兄と僕はその時、そういう人生もありか、と気がついたわけです。慶應義塾に幼少の頃からいると、まわりは皆エリートで、商社や銀行に入るか医者になるか、自分の家を継ぐ。ある程度の人生プランができている人たちばかりでしたから。
そして次に博が、日本画家になりました。絵を描いていると、父は「途中で手を止めたら落書きになってしまうから最後まで描きなさい」と言い、兄は喜んで完成させていました。こうして好きなことを一生懸命やっている2人の間に隠れて、僕は放任されていました(笑)。
最初から作曲家になるとは思いませんでしたが、学生時代からバンドをやっていたので、音楽を作る作業が好きでした。それを中高生時代からできたのは、放任のおかげです。なにしろ、ライブハウスなどまだないし、コンサートに友達を誘うとその家族から「不良」と怒られた時代です。音楽が聴きたい僕は、伝説のディスコ「赤坂MUGEN(ムゲン)」に通い、お店の人が「入れてやるよ」と、こっそり上から見せてくれたりしたものです。そんな粋な大人が、赤坂にはいたんですね。
同級生の親たちからは不良扱いでしたが、家では母から「信頼してる」と言われ、それを裏切らないよう、音楽にのめり込みました。ですから、学生時代の唯一の味方は両親、とくに母でしたね。それから、自分が本当に好きなことをやっているという集中力。それを見せなければ、きっと両親も許してくれなかったと思います。寝食忘れ、2~3日家に帰ってくるのも忘れてしまうほど好き。それが本当だったなら許す、と言われました。

素晴らしいご家庭だったのですね。それにしても、日本語のオペラを海外に発信するのは、新しい挑戦です。ライフワークとしてどう考えていらっしゃいますか?

僕は一昨年、プロとして30周年を迎えました。ただ、自分のブランドを出せるようになったのは、40歳を過ぎた10年前ぐらいから。その時、どういう出し方をするべきか、考えました。海外録音のために外国に行って、自分が日本人であることをすごく自覚したり、また、世界の音楽ファンが何を求めているのかを考えると、自分が作りたいのは、柔らかい形で日本人の良さを取り入れた作品だ、と思ったわけです。
そもそも、日本は自国の文化の良さに、一番気がついていない国です。例えば明治時代、西洋文化に傾倒しそれまでの日本文化を省みなくなって、廃棄されそうになった錦絵や仏教美術などを岡倉天心とフェノロサがせっせとアメリカに逃がしました。おかげで、雪舟や若冲など、ボストン美術館収蔵品は劣色なくきちんと保管され、日本に里帰り展示されたりしています。
浮世絵から現代の日本の漫画へ引き継がれた共通点もあります。錦絵や浮世絵も、漫画もサブカルチャー扱いでしたが、どちらもその中に、我々オリジナルのアートや美意識が継承されています。同い年の親友に、JOJOシリーズを描いている漫画家の荒木飛呂彦さんがいますが、ルーブル美術館では彼の展覧会が開かれ、各国語の本が売られています。それが、最先端なのだと僕は思います。そして音楽で、オペラを考えれば、やるべきことは西洋の真似ではなく、私たちの中にずっと継承されてきた独特な様式や美意識を表現すること。漫画でいえば、錦絵の時代からずっと描かれてきた“黒の輪郭線”ですよ。その黒の輪郭を、僕は西洋音楽でやっているのです。

今回のお話を伺った上で、オペラ『万葉集』を聴くとますます深く響きます。海外への発信ということでは、2020年のオリンピック・パラリンピックのタイミングなど良さそうですね。

そうですね。オリンピックはスポーツの祭典ですが、同時に文化のお祭りでもあるわけですから。
ハンガリーでの公演が終わったら、オリンピックイヤーを目指して、港区の増上寺や東京タワーで『1万人の万葉集』を、ぜひ実現させたいですね!

プロフィール

千住 明(せんじゅ あきら) さん

1960年東京生まれ。東京藝術大学作曲科卒業。同大学院首席修了。代表作にピアノ協奏曲「宿命」(ドラマ「砂の器」劇中テーマ曲)、「日本交響詩」オペラ「隅田川」、「万葉集」、「滝の白糸」、「カレンダー組曲」等。ドラマ「ほんまもん」「風林火山」他、テレビ、映画、アニメ、CM等数多くの映像音楽も担当。受賞歴多数。メディアへの出演も多い。東京藝術大学特任教授。
http://www.akirasenju.com

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