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HOME > 港区探訪 > 港区探訪:道シリーズ(2) 赤穂浪士の歩いた道
港区探訪
道シリーズ(2) - 赤穂浪士の歩いた道 -
バックナンバー
港区探訪は11月号から「道」シリーズと題して、
港区のさまざまな“道”に関する情報をお届けしています。
第二回目は赤穂浪士の歩いた道。
今から303年前の冬、彼らが歩いた道は現在どのような様子なのでしょうか?
吉良邸への討ち入り後、泉岳寺を目指し赤穂浪士が歩いた道の中から、
港区内の行程を実際に歩いてみました。

 元禄十五(1702)年、十二月十五日の午前4時頃に吉良上野介(きらこうずけのすけ)邸(墨田区両国)へと討ち入った47人の赤穂浪士。仇討ちを遂げた彼らは、旧主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が眠る泉岳寺に向け出発します。
 吉良邸から港区高輪の泉岳寺までは約11キロ。吉良邸から南下し、永代橋を渡って隅田川を越え、西へと進んだ浪士達は、やがて現在の汐留地区へ到達します。

MAP
「9つの坂道」MAP
赤穂浪士がこの道を通った時代には、大木戸はまだ作られていませんでした。
(『東都名所 高輪全図』広重浮世絵 天保初年:港区立港郷土資料館所蔵)
汐留シティセンター

 近年の再開発により、大きく変化している汐留地区。浪士達が歩いた頃の面影はなく、超高層ビルが林立しています。

旧新橋停車場

 明治5年、日本で初めて鉄道が開通した時の駅舎が、当時と同じ場所に同じ姿で再現されています。建物内には無料で見学できる鉄道歴史展示室があります。

 
旧新橋停車場
ウインズ汐留周辺

 汐留通りから少し左に寄り道すると、ウインズ汐留。周辺はイタリア風の町並みとして整備され、イタリアンカフェや、ジェラートのお店が軒を並べています。

 
ウインズ汐留周辺
浜松町駅付近

 浜松町一丁目の交差点で汐留通りから第一京浜へ。その後は泉岳寺付近までひたすら直進です。この道は当時から「東海道」として交通の要衝でした。現在は昼夜とわず車の行き来が多い道ですが、浪士達が歩いたときにはどの位の往来があったのでしょうか?
※東海道は、江戸・日本橋から京都・三条大橋まで約492㎞、道幅は11mほどの道でした。

 
三田界隈

 時代は赤穂浪士の頃から160年ほど後になりますが、ここにも江戸時代の痕跡が。幕末動乱の時代に江戸城無血開城のため交渉が行われた場所(薩摩藩蔵屋敷跡)です。

 
三田界隈
札の辻

 札の辻という地名の「札」は、幕府が法令を書いて人通りの多い場所に掲示した「高札(こうさつ)」を意味しており、ここが高札を掲げる場所だったという歴史が今も地名に残されています。右手には高くそびえたつ東京タワーの姿が望めます。

 
札の辻
泉岳寺

 ホテル東京を通り過ぎ、泉岳寺駅A2出口にさしかかったら右折し、ゆるやかな坂を上がれば泉岳寺に到着です。平日でも多くの人が訪れており、四十七士の墓前には参拝者のあげるお線香の煙が立ち込めています。

 
泉岳寺
※泉岳寺の参拝時間は7時~17時。

 今回ご紹介した港区内の道は、普通に歩けば1時間程度の道のりです。江戸時代の旅人は一日あたり8~10時間、およそ32~40キロを平均的に歩いていたそうなので、当時の人にとってこれくらいの距離は苦にならない距離だったのではないでしょうか。とはいえ、討ち入りという大仕事の後、さらに冬の早朝寒い中を両国から通しで歩くとなると、実際の距離よりも長く感じられたのではないでしょうか? 彼らは道中どのような思いを胸に抱いて歩き続けたのでしょう? 仇討ちをやり遂げた晴れやかな気持ちもあったでしょうし、追手や今後の処罰を不安がる気持ちもあったでしょう。しかし、とにかく旧主の墓前に報告をしたいという思いが彼らの足を早めたのではないでしょうか? 
 浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかった原因については諸説あり、事件の是非も定かではありませんが、彼らが討ち入りを果たしたのち、幕府からの処罰により切腹し、泉岳寺に眠っていることは確かな事実です。歴史を知って歩いてみると、いつもの道も違った見え方がしてくるかもしれません。

泉岳寺境内および周辺

★赤穂義士記念館

赤穂義士記念館赤穂浪士の遺品等が展示してあります。

開館9時~16時(休館日3/31、9/30)
入館料 大人500円・中高生400円・小人250円
(記念館のみ入館料が必要です)

★首洗いの井戸

首洗いの井戸この井戸で吉良上野介の首を洗い、旧主の墓前に供えたと言われています。

★大石良雄外十六人忠烈の跡
(おおいしよしたかほかじゅうろくにんちゅうれつのあと)

大石良雄外十六人忠烈の跡(おおいしよしたかほかじゅうろくにんちゅうれつのあと)泉岳寺脇の小道を抜けると辿りつく都営住宅の敷地内にあります。幕府からの処分を待つ浪士たちは4つの大名家に別れて預けられ、そこでそれぞれ切腹となりました。当時ここは肥後熊本藩細川家の下屋敷の一部であり、大石内蔵助ほか16名がお預けになりました。

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