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港区探訪

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港区なのに港区じゃない!?境界線の秘密を大調査れば

落語の町を歩いてみれば

第1話 駅の不思議

第1話 駅の不思議

住所は港区なのに施設名が他の区の地名だったり、
敷地内に二つの区が混在していたり…。
区と区の境界線のひみつに迫ります。

「品川駅」は「品川区」にはありません。

JRの在来線や東海道新幹線などが乗り入れる「品川駅」は、都内でも有数のターミナル駅です。しかし、駅名に「品川」とありながら、実は住所が「東京都港区」。
なぜ「品川」駅なのに、港区なのでしょうか。

そもそも「品川」とは、北品川と南品川の間を流れる目黒川のことでした。この川が江戸時代に整備された五街道の一つ、東海道五十三次の第一の宿場「品川宿」の名の起源ともいわれています。
中世から続いた港町、品川湊のそばにあった「品川宿」は、日本橋から最も近い宿場として、江戸四宿(品川宿、内藤新宿、板橋宿、千住宿)で一番賑わっていました。

「品川宿」だった場所は、現在の京急本線の北品川駅から青物横丁駅あたりまで。当時の地図を見ると「品川宿」は現在の「品川駅」より南に位置していました。
ここで、人々の往来の要であった「品川宿」に、なぜ「品川駅」が作られなかったか疑問がわいてきます。その理由には鉄道開設が関係しています。

 「品川駅」が誕生したのは1872年(明治5年)旧暦5月7日。日本で最初となる旅客鉄道が建設される前段階として、品川―横浜間の仮営業が始まりました。その後、新橋―横浜間の正式な開業となったのは同年9月12日です。
新橋(当時は汐留)―品川間の工事が遅れたのは、線路の敷設が計画通りに進まなかったことが原因。

当初は「品川宿」を含む、海岸沿いの市街地ルートを計画していたのですが、「品川宿」の利用者や住民からの反対の声が多く、用地取得がうまくいきませんでした。そのため、用地取得の必要がない海の上に築堤を造成して線路を敷設。「品川宿」よりも北側の開けていた地域(当時の高輪南町)に、「品川駅」が建設されることになりました。

明治維新とも重なったこの時期、首都が江戸へうつり、東京となったのを機に、町名の整備が行われます。
1869年(明治2年)に、現在の「品川駅」を含む東京23区の西側一帯と周辺の県の一部を含む広大な地域は「品川県」とされましたが、1871年(明治4年)の廃藩置県で廃止。
15区6郡への改編により、「品川駅」周辺は芝区となりました。そして、1947年(昭和22年)に、芝区は麻布区、赤坂区と合併し、新たに港区が誕生。これにより、「品川駅」のあった場所は、そのまま港区となったのです。

出口によって区が違う?南麻布の「広尾駅」

「広尾」といえば、渋谷区にある、都内を代表する高級住宅街。その昔、この地域一帯は「樋籠(ひろう)」と記された広大な原野であったため、「広尾」と名付けられたという説があります。

ここで注目したいのが東京メトロ日比谷線「広尾駅」。その所在地は港区南麻布です。
1964年(昭和39年)に開業した「広尾駅」は、渋谷区広尾5丁目と港区南麻布5丁目の境界線上に作られました。
地下にある駅の住所は港区となっているのですが、地上にある外苑西通りを境に港区と渋谷区に分かれているため、1番出口と3番出口は港区、2番出口は渋谷区にあるのです。

ちなみに、「広尾駅」をローマ字表記すると「Hiroo」ですが、駅名表記は海外の方にも読みやすいようにハイフンを入れて、「Hiro-o」となっています。

ここが境界線!

外苑西通りを境に右が港区南麻布、左が渋谷区です。

広尾駅周辺境界線MAP
参考文献:『日本国有鉄道百年史 第1巻』日本国有鉄道編/交通協力会、『「江戸から東京へ」町名の移り遷り』福澤昭著、『郷土史読本 港区の今昔』斎藤貞雄著/東光社、『東京地名風土記』浅井得一著/産業能率短期大学出版部、『東京の地名由来辞典』竹内誠著/東京堂出版、『駅の歴史 東京のターミナル』交通博物館編/河出書房新社、『明治東京全図』市原正秀編
品川駅周辺境界線MAP
港区の高輪と港南に「品川駅」があるんだね

ここが境界線!(八ツ山橋交差点付近)

ここが境界線!(八ツ山橋交差点付近)

手前は港区港南、右側の道路の向こう側から品川区へと入っていきます。

「青山一丁目」は港区の
どこにもない!?

東京メトロ銀座線と半蔵門線、都営地下鉄大江戸線が乗り入れている「青山一丁目駅」は、青山通りと外苑東通りが交差するところに位置しています。
青山通りの北側は「北青山」、南側は「南青山」となっており、都営地下鉄の駅が北青山、東京メトロの駅が南青山の住所になっています。

ところで、「青山一丁目」という住所は、実際には存在していないことをご存知ですか。
駅名は、駅が完成した当初、所在地が青山北町一丁目と青山南町一丁目の境だったことから付けられました。
青山という地名は、徳川家康の重臣だった青山家にちなんだものですが、「青山」単体で使われている住所は今も昔も存在していないのです。