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港区探訪

港区の偉人

第8回 井上勝(まさる)(武士・官僚)(1843~1910)

「職掌(しょくしょう)は唯クロカネの道作に候」

木戸孝允に宛てた書簡より。自らの職務を「クロカネの道作(鉄道敷設)」の範囲内にとどめるという意味

長州藩出身の官僚。伊藤博文、井上馨らとともにロンドンに留学して西欧の近代技術を学び、明治維新直後に帰国。東京と京都を結ぶ日本初の幹線鉄道の開通に奔走した。
初代鉄道庁長官、鉄道院顧問、帝国鉄道協会会長を歴任し、日本の「鉄道の父」と呼ばれる。

井上勝(武士・官僚)写真

幕末の長州・萩に誕生
全国で学び海外留学を決意

井上勝は1843年、長州藩士の家庭に三男として生まれました。藩校を経て長崎の海軍伝習所、江戸の蕃書調所(ばんしょしらべしょ)、箱館(函館)の諸術調所(しょじゅつしらべしょ)と様々な地で兵学、航海術、外国語を学びます。19歳で再び上京して英語を学び、洋船の帆走等を経験するうちに、海外留学を志すようになります。

勝は、山尾庸三、志道(しじ)聞多(後の井上馨)とともに資金を調達し、藩主から5年間の英国留学の許可を得ます。当時、海外への渡航は国禁だったため、脱藩のかたちをとった密航でした。その後、伊藤俊輔(後の伊藤博文)と遠藤謹助が合流。1863年5月、ちょんまげを剃り落とした5人は、横浜からひそかに出国しました。

長州五傑(萩博物館所蔵・中央が勝)

キーワード:長州五傑

自らを西洋文明を取り入れるための「生きた器械」と例えて英国へと旅立った5人は、帰国後に行政、工業、造幣等日本の近代化に大きく貢献しました。のちに「長州五傑」と呼ばれています。

驚きに満ちた英国留学
鉄道の知識や技術を身につける

4ヶ月あまりの航行を経て、一行はロンドンに到着。港にひしめく蒸気船や立ち並ぶビル等、近代化が進む様子に大変な衝撃を受けたといいます。寄宿先はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のウィリアムソン教授宅。勝はUCLに聴講生として入学し、地質、鉱山、鉄道に関する学問を修め、後に役立つ知識や技術を実践的に身につけます。

渡英から約半年後、他国と衝突を繰り返していた長州藩の危機を知り、伊藤と志道が帰国します。遠藤も体調を崩し帰国しますが、勝は山尾と二人で残り、さらに知識を深めました。

キーワード:「Mr.Nomuran」

留学当時、勝は「野村弥吉」と名乗っていましたが、UCLの修了証書に書かれた名前は「Mr.Nomuran」。酒豪で「呑乱(のむらん)」と呼ばれていたことから、このように書かれたという説があります。

新政府に求められ帰国
紆余曲折を経て東海道線開通へ

1867年に明治新政府が成立すると、留学先で学んだ経験を活かすようにと、勝の元に藩から帰国要請が届きました。志半ばではありましたが、強い説得に応じ翌年に帰国。この頃政府では、英国公使パークスのすすめもあり、鉄道の必要性が議論されていました。勝はその席で通訳を務め、英国から招聘した鉄道技師モレルとも交流を深めました。その後、工部省の鉄道頭に就任した勝は、大隈重信、伊藤博文らとともに、いよいよ鉄道建設へと力を入れていきます。

軍部との対立や地元住民の反対もありましたが、地道な説得と海中築堤等の工事の工夫により、1872年に新橋~横浜間が開通。9月には天皇を迎えて盛大に開業式が行われました。

新橋~横浜に続き、関西の路線の工事も進みます。東京から関西へのルートは当初、中山道で計画されましたが、険しい渓谷等に阻まれ、工事は難航しました。勝は再調査の末、東海道への変更を政府に進言し、自ら工事を指揮。1889年、ついに東京~京都間を結ぶ「東海道幹線鉄道」が全線開業しました。

東京名所之内新橋ステンション蒸汽車鉄道図(物流博物館所蔵)

キーワード:海中築堤

新橋~横浜間の建設予定地には軍用地や薩摩藩の藩邸があり、 立ち退き交渉に激しい反発がありました。そこで勝らは海を埋め 立てて堤を築き、その上に線路を敷く策で乗り切りました。

退任後も鉄道事業に貢献
鉄道にかけた人生

鉄道建設のほかにも、技師の育成や私鉄に関する提言等、勝は鉄道に全身全霊をかけてきました。1891年、「これまで鉄道を作るため、多くの水田・畑地を潰してきた。その償いに、土地を拓き、農業のための場所を提供したい」との思いから、岩手県に小岩井農場を開きます。さらに、鉄道の発展には国産車両の製造が不可欠と考え、退任後に日本初の民間機関車メーカーを設立します。

66歳の時、勝は鉄道視察のために44年ぶりにロンドンを訪れます。しかし持病が悪化し、現地で息を引き取りました。最後まで鉄道を思い続けた勝の墓のそばには現在、東海道新幹線の線路が走っています。

小岩井農場

偉人の足跡

旧新橋停車場

日本最初の鉄道ターミナル「新橋停車場」 の外観を当時と同位置に再現。入場無料の「鉄道歴史展示室」 が併設されています。

写真

港区東新橋1-5-3
各線「新橋駅」または「汐留駅」より徒歩3~5分
TEL : 03-3572-1872

参考:「東海道線誕生 鉄道の父・井上勝の生涯」(イカロス出版)「日本の鉄道をつくった人たち」(悠書館)「井上勝 職掌は唯クロカネの道作に候」(ミネルヴァ書房)