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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
マンガ家・大阪芸術大学教授 里中 満智子(さとなか まちこ)さん

マンガ家・大阪芸術大学教授

里中 満智子 さん

万葉集を通して楽しむ活き活きした人間讃歌

3月6日、赤坂区民センターのKissポート講座『里中満智子が語る万葉集』に登場された少女マンガ家・里中満智子さん。2014年にマンガ家生活50周年を迎え、今年3月には持統天皇を主人公とした作品『天上の虹』が完結しました。歴史を扱った作品も多い里中さんに、万葉集の楽しみ方を伺いました。

完結した大河歴史ロマン『天上の虹』は、30年越しの作品ですね。

最初は10年ぐらいのつもりだったんですよ。ところが掲載誌がなくなり、引っ越した雑誌もなくなって。15巻からは書き下ろしで続けましたが、締め切りがないのでつい時間をかけてしまって。25年目ぐらいからは読者の方からも「生きているうちに結末が読みたい」と言われ(笑)申し訳なく思っていたので、無事、完結してホッとしています。

当時の人々の恋愛や細やかな感情まで丁寧に描かれていますね。

連載のきっかけは万葉集が大好きだったから。読み始めたのはちょうど初恋の頃で、ステキな歌を探して、学校の図書館で読んで驚きました。昔は、身分の高い男性は身分が下の女性を好きなようにできると思い込んでいたんですよ。時代劇の悪いお代官様みたいに。ところが万葉集を読むと、やんごとなき御方が「思いを寄せる彼女がなぜ振り向いてくれないのか」と悩んでいる。男女の差も身分の差もなく、恋に悩む感情を素直に歌にしていたんですね。この活き活きした歌を詠んだ人たちは、どういう人たちだったのだろう…。
調べていくと、この時代は女性の権利が後の武家社会と違っていました。女性も仕事を持ち、政治に関わり、私有財産もあって、決して“女三界に家なし”ではなかったのです。
女帝の持統天皇を主人公にしたのは、律令制を整え、政治手腕も発揮したのに悪い印象ばかり伝えられていたから。そうしたイメージは後の時代に勝手につけられたと思います。私は万葉集で持統天皇の作品を読み、冷静な方だと判断しました。現代の私たちと同じで、一生懸命生きていた。ですので、歌から入って気持ちに寄り添い、その人の立場に立って描きたいと思ったのです。

港区では、4月と7月にオペラ『万葉集』の上演を予定しています。

ぜひ!皆さん、行かれるといいですね。何首かの歌を元に物語が作られていますが、とてもステキですよね。『二上挽歌編』は大津皇子(おおつのみこ)と大伯皇女(おおくのひめみこ)の悲しい物語で、これまでにもお芝居になったりしています。ですがこのオペラは、歌を大切にしようという俳人の黛まどかさんの気持ちが台本に込められ、歌が十分に活かされています。
当時歌われた歌は、もちろん現代の歌とは違いますが、なぜ歌というかというと、古来、良い言葉、美しい言葉をきちんと天に届けることが、願いを届けることだったんです。まさしく現代において、そうした歌を音楽の調べにのせて歌うことは、気持ちを誰かに届けること。ですから私は、昔から万葉集はオペラの題材として、一番良いと思っていました。歌は日本ならではのリズムと旋律が歌になりやすいのです。ですからぜひ、これからもどんどん、作っていただきたいですね。

もう少し詳しく、万葉集の魅力を教えてください。

万葉集は日本最古の歌集です。1200年以上も昔の人の作品を、今もそのまま読むことができるんです。これってすばらしいことですよね。世界にはなくなってしまった民族や言語があります。しかし日本の場合は、ずっと同じ言語を使い続けることができました。
4500首以上の歌が集められていますが、良い歌だから残されたと思います。作品は誰かが選んだに違いないので、私は勝手に、柿本人麻呂がなんらかの手段で、いろいろな歌を集めて記録し、まとめたのだろうと思っています。
不思議なのは、恋の歌だけでなく不倫の歌もたくさん残っていること。秘められた関係で交わされた歌を、別の誰かが知らなければ、世に残りませんよね。
当時は、郵便局もメールもありませんから、相手に歌を届けるには使用人が竹簡を持って届けに行ったのだと思うのです。
「うちのご主人が、そちらの奥様にこれを…」そうすると相手の使用人が出てきて「そんなの持ってきて、だんな様にバレたら困るわー」とかね。「どんなことを書いているのか、見ちゃおうか」「あらー、ステキな歌…」なんていうことがあったのかもしれません。あまりにも不思議だから想像をたくましくするしかありませんよね。

里中さんの作品には、そうした共感できるエピソードが描かれているので、史実もわかりやすいですね。

ただね、史実があっても真実はわからないんですよね。今の世の中のことだって、たとえ国会で本案が通って決定した内容であっても、あとの世代の人が箇条書きにされた文章を読んだだけでは、世の中の雰囲気まではわからないと思うんですよ。それと同じで、歴史上の事実として一行書かれていても、なぜそうなったのか、誰が最終決断を下したのか。当時の立場で決めた人がわかったとしても、その前にどんな出来事があってそうしたのか。ですから、逆を推理していくんです。そうした決定を下したのは、こういう人だったからではないか。そうしたことで作品では、人物の性格設定をしていったんです。たとえ違ったとしても、気持ちはこうだったのではないか。そうして考えて、史実のつじつまがあった時は、すごくうれしいですね。
学者の先生方からは「フィクションはうらやましい。自分たちは証拠がないと何も言えない」と言われます。そんな先生方にも「創作でお書きになったら」とお勧めしています(笑)。そのほうが楽しいですからね。

万葉集の歌は、想像力を刺激しますね。

万葉集には本当に、さまざまな歌が集められているんですよ。身分が上の男の妻が、下の男と恋の文をやりとりしていたり、お上を呪う歌がお上を称える歌と一緒に並んでいたり。国家反逆罪で罰せられた人の歌や、その人に同情する歌が、天皇の歌と一緒に掲載されていたり。驚きですよね。
集められた歌は、男女の差がなく、身分の差もない。反国家的な歌であっても、優れていれば掲載されています。こうしたことから私は、世界的にも稀な、民主主義的な感性の上にたった作品集だと思います。
なにしろ、その当時の世界中のどこを見渡しても、女性が男性と同じように文学を創作する、あるいは私有財産を持つという状況はなかなかありませんでした。民主主義の原点といわれる古代ギリシャでも、投票権を持っていたのは正式市民の成人男性だけ。女性には投票権がなかったんですから。それに比べたら、万葉集のほうがよっぽど民主主義的ですよね。

たしかに、現代的ですね。

私は団塊の世代で男女平等と言われて育ちましたが、それでも「男の子だから」「女の子だから」と言われることがありましたね。ただ、今になって思うと、男の子のほうが「男は泣いちゃいけない」とか「男のクセに」とか、キツイ環境でした。小学校時代は女の子のほうが発育が早いですし、口も達者だから、男の子が泣かされたりね。
最近の若い男の子は、本当は弱いということに気がついて、頼りがいのある女の子とくっつきたいのかもしれません(笑)。なので、男女同権というと、女性も責任を負わなければいけないわけです。とはいえ専業主婦はいても専業主夫はまだ少ないので、それぞれのカップルによって、選べば良いと思うんですけどね…。
…話がそれましたが、過去の人々の活き活きとした様子が伝わってくる万葉集を、皆さんもっとどんどん、読まれるといいですね。とくにお時間のある団塊の世代の方は、体力・気力のあるうちに、ぜひ楽しんでください。文庫本の上中下三巻で一生楽しめますから、ものすごく経済的です(笑)。
それに、万葉仮名の初期のものは法則が決まっていなかったので、どう詠んだらいいのかわからない歌がまだ何首かあるんですよ。「ぜひ、読み解いてみせるぞ」と、情熱を傾けて。頑張って、楽しんでくださいね。

プロフィール

里中 満智子(さとなか まちこ)さん

里中 満智子(さとなかまちこ)
1948年大阪生まれ。
16歳のとき『ピアの肖像』で第1回講談社新人漫画賞を受賞。少女マンガ家として『あした輝く』『アリエスの乙女たち』『海のオーロラ』『あすなろ坂』等多数のヒット作を生む。大阪芸術大学キャラクター造形学科教授、公益社団法人日本漫画家協会常務理事等多方面で活躍。