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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
早川 りさこさん

NHK交響楽団 ハーピスト

早川 りさこ さん

美しい楽器の女王・ハープと、ヴィオラ、フルートのアンサンブルを

2月19日、赤坂のドイツ文化会館で『NHK交響楽団メンバーによるフルート・ヴィオラ・ハープのコンサート』が開催されます。この珍しい楽器編成のコンサートで演奏するN響ハーピストの早川りさこさんに、楽器のことやコンサートのことを伺いました。

ハープはどのような楽器ですか?

見た目が華やかで形が独特ですから、女性らしい楽器とよく言われますが、重さが40キロぐらいあり、運搬屋さんしか運べません。弾くには体力が必要な手ごわい楽器なんですよ。
もともとは生活道具の一つだった弓矢の弓から生まれた弦楽器です。弓には弦が1本張ってありますが、それをはじくとポロンと音が出ることに気づいて弦を増やしていったのがハープの原型の竪琴です。竪琴は片手で持てる大きさで、昔は吟遊詩人が持ち歩いて演奏していましたが、10数本の弦だけでは演奏曲に限りがあるので、たくさん弦が張れるようにだんだん大きくなって、200年ほど前に今の大きさの“グランドハープ”になりました。

早川さんとハープの出会いは?

もともと母がハープをやっていて、家にあったんですね。母も音楽がとても好きでピアノをやっていたのですが、近所にハープを持っているお宅があって、母は「あれがやりたい」と祖父にお願いしたそうです。「嫁入り道具は何もいらないからハープを買って」と(笑)。父も指揮者で、音楽が縁で「ハープ1台を抱えて結婚した」そうです。
私を産んでからは子育てに追われ、私は母が弾いている姿をあまり見てはいませんが、家に楽器があったので、自然に遊ぶ感じで弾いていました。

ご自身もハープ奏者になりたいと思ったのは、そうした環境の影響でしょうか。

それが微妙で(笑)。実は物心ついたときには、既にピアノをやらされていました。レッスンに毎週通っていたのですが、自分としてはそれが面白くなくて。なんとかピアノをやめたいと思って、その理由にハープを利用しちゃったんですね。「家にはハープがあるじゃない? ハープをやるからピアノをやめさせて」と(笑)。きっかけはそんな感じです。
母が習っていた先生は、日本にハープを広めた J・モルナール先生で、母が習いに行くとき一緒について行って、習った記憶があります。

その後、藝大の附属高校から藝大へ進学されたのは、ハープ奏者を目指したからでしょうか?

そこもまた、今考えるとちょっと屈折しているんですよね(笑)。ハープに転向したときはハッピーだったんですけど、家の中の雰囲気が、「ハープでクラシックの世界に進む」方向に流れていくのがどうしても耐えられなくて(笑)。反抗期だったのかもしれませんが、ハープで藝大には入るけれども、心の中では実はポピュラーに進みたいと思ってたんです。それで学生時代はハープ専攻なのにキーボードもやりながら、ロックバンドを組んでライブハウスを回ったりしていましたね。
その頃は超社交的で、寝ているのがもったいない!という感じでした。今思うと信じられないですけど、フルに24時間使っていたかも。
大学を卒業してからは、フリーランスの演奏家としてキーボードやハープの仕事をしていたのですが、ある高校で教えているとき、生徒から「先生、いつまでロックをやるの? おばあちゃんになったとき、ハープをやってる方が素敵じゃない?」と言われ、そこでハッと「ハープ一本にしていこう」と思った気がします。そこから初めて真面目にハープを勉強し、職業・ハーピストになろうと決心しました。

ハープの演奏は難しいのですか?

演奏技術の習得には、時間がかかります。ピアノは鍵盤を押せばとりあえず音が出ますが、ハープは弦を横に引っ張らないと音が出ません。その加減が体に染みつくまでに数年はかかります。独特な運指(指の動かし方)に慣れるのにも時間がかかります。そして一番大変なのはペダルですね。
グランドハープは足元に7本のペダルがあり、それで弦を調節して音を変えるのですが、この操作を体に染み込ませ、両手両足が連動するまでにはやはり時間がかかるので、最初の1曲を弾くまでに非常に時間がかかる楽器です。ただそこまでいけば、曲に集中できて楽しくなっていくと思いますよ。

今、運指の話が出ましたが、ハーピストの方は手が美しいですね。どのようなケアをされているのですか?

プロになってからは気をつけていますが、学生の頃は、練習時間が増えれば増えるほど指の状況が酷くなっていくんですよ。体質によって違いますが、弦でこすれて火傷の水ぶくれみたいになったり、血豆になったり。バレリーナのトウ(つま先)みたいなことですね。ただ音色のためには、やわらかい指の方がきれいな音が出るので、指先をかたくした上で、演奏会直前にヤスリで削って…。

ヤスリで指先を削る…?

やわらかくするというのとはちょっと違うかもしれませんけど(笑)。皆さんこれを聞くとゾッとするらしいのですが、そうしたケア…ケアと言ってよいかわかりませんけど(笑)、そうしたお手入れをしますね。

楽器と同様、ご自身もそうした調整をされるのですね。痛くはないのですか?

もう痛くはないんですよ、爪みたいになっちゃっているので。机とかを叩くと、コンコンて音がする位にかたくなっていますから。

ギタリストも、弦を押さえる指先がかたくなると聞いたことがありますが、ハープも思った以上にハードな楽器なのですね…。演奏の仕事は多いのでしょうか?

ハープはオーケストラの他にも、クリスマス等のイベントや結婚式のBGM等、さまざまな活躍の場があります。定職に就くのは難しいですが、フリーランスの仕事は意外とあると思いますよ。
ただ、オーケストラではほぼ1台ですから、時々、他のオーケストラのハーピストと「ヴァイオリニストは急病になっても代役がいるけれど、ハープはどうするのだろう」と話しています。それを考えると、手の怪我や体調管理にはすごく気をつかいますね。演奏に穴は開けられないので。

今回のコンサートで共演されるN響の方々について教えてください。

私はN響メンバー全員を尊敬していますが、今回一緒に演奏するヴィオラの佐々木亮さんとフルートの神田寛明さんも、超プロフェッショナルなおふたりです。佐々木さんは、開演前に必ず、楽器を持たずに舞台に出て譜面を最初から最後まで頭の中で確認し、「よし!」という感じで楽器を取りに戻ります。その姿勢にいつも感動しています。
神田さんもプロフェッショナルな上に、毎回チャレンジすることを決めて本番でそれを完璧にしてきます。「僕にとって一番大事なのは良い音を出すこと」と言っていて、私もその一言をずっと心に持って演奏しています。
そんな二大奏者と一緒にコンサートができるのは、本当に楽しみです。

コンサートの聴きどころは?

フルートとハープとヴィオラの組み合わせは非常に珍しく、曲もほとんどありません。ただドビュッシーが、この3つの楽器の相性の良さを見抜いて『フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ』という名曲を作っています。これが本当に素晴らしい作品で、楽器の相性もすごく良いんですよ。弦をこすって温かい音を出す擦弦楽器(さつげんがっき)のヴィオラと、弦をはじいて音を出す撥弦楽器(はつげんがっき)のハープ、そこにドビュッシーが大好きだったフルートの柔らかい音色が加わって織りなす深みのある名曲です。
そして、それに発奮した武満徹さんが作った曲も演奏します。『そしてそれが風であることを知った』という曲で、初めて聴かれる方は、不思議な印象をお持ちになるかもしれません。実は武満さんは、海や風といった自然がお好きで、この曲はそうした自然を、ヴィオラ、フルート、ハープそれぞれのハーモニクス奏法という特殊な奏法で表現しています。3人の演奏が寄り添う瞬間、本当に風が吹く感じがするんですよ。3つの音色がぴったり合ったときのふわっとした感覚を、素直に感じていただければ。今、風が吹いた…、鳥の声が聞こえた…というような、自然の中に身を置く感覚で、武満さんの独特の世界を味わっていただけたら、演奏している者としては非常に嬉しいですね。ぜひ、コンサートにいらしてください。

プロフィール

早川(はやかわ)りさこ さん

早川 りさこ(はやかわりさこ)
東京藝術大学音楽学部附属音楽高校を経て東京藝術大学卒業。
「第3回日本ハープコンクール」および「第2回アルピスタ・ルドヴィコ・スペイン国際ハープコンクール」優勝。サイトウ・キネン・オーケストラやパシフィック・ミュージック・フェスティバル等に参加する他、国内主要オーケストラとの共演も多く、多彩な活動を行っている。2001年NHK交響楽団入団。