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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
バリトン歌手 岡 昭宏さん

バリトン歌手

岡 昭宏 さん

ヴェルディの歌と旋律の壮大な世界を、お客様と一緒に楽しみたい!

10月23日の「第27回Kissポートクラシックコンサート」に向け、ボイストレーニングに励んでいらっしゃるバリトン歌手の岡昭宏さん。音楽との出会いやオペラにかける思いをお聞きしました。

岡さんが音楽と出会ったのはいつごろですか?

それは産まれた時からですね。両親がともに声楽を学んだ音楽教師でしたから、家にはいつもクラシックが流れていたんです。楽器の収納場所を「音楽室」と呼び、そこが私の部屋になっていました。休日の朝は母がピアノを弾き、その演奏で父がイタリア古典歌曲を歌い上げて、私は眠いのに起こされる! 父の歌声はちょっとノイズでしたけど(笑)、歌や音楽はいつも身近にあったので、将来の進路を考えたときは自然と、自分も歌をやってみたいと思うようになりましたね。声楽に力を入れている音楽大学へ進学し、本格的に勉強を始めたのです。

音大生時代にはどのような思い出がありますか?

私はものごとを堅く考えすぎないタイプなので、苦労をしながらも、マイペースで勉強できたと思います。ただ4年後、大学院に落ちた時は落ち込みましたね。親から「お前は世の中から必要とされていない音楽家だ」と言われ、それが胸に刺さって一念発起。新たにバリトンの先生に師事し、体と声帯の使い方を1年間徹底的にトレーニングした結果、翌春、大学院へ入学することができました。

新しい先生との出会いが岡さんを開眼させていったのですね?

そうです。声楽は基本的にマイクを使わないジャンルですから、どうしても声帯に負担がかかってしまうのです。それを軽減させるには、体をしっかり開いて喉に息を流し続け、その息の流れに声帯をピタッと合わせる技術が必要なのです。それができると声帯は無理なく震え、声は飛距離をもって大きく飛んで行きます。
浪人時代に出会ったバリトンの先生は、こうした体の使い方を細かく教えてくださいました。そして先生のノウハウを自分の体に合うようアレンジし、シフトチェンジをしていったら、歌うことがどんどん面白くなっていったのです。挫折を味わった浪人時代が、人生のターニングポイントになりましたね。

イタリア留学もご経験され、どのような収穫がありましたか?

オペラ発祥の地であるイタリアには6年暮らし、3年間はレッスン三昧、後年はバリトン歌手としてコンサートにも出演していました。そこで出会った歌手たちは欠点を気にせず楽しそうに歌い、楽曲の世界観をのびのびと表現していたのです。それを見た私は、歌う喜びをイタリアが教えてくれた気がしました。心が浄化され、音楽の原点に立ち返った思いだったのです。歌手である私が楽しんで歌い、その姿をご覧になるお客様にも一緒に楽しんでいただきたい。声楽家としての信条を、イタリアの太陽の下で見つけたと感じています。

岡さんは現在、どのような音楽活動をされていますか?

オペラの舞台が中心です。バリトン歌手が憧れるのは、例えば説得力のある哲学者や、テノール役に一服盛るような悪役(笑)。いわば物語のキーマンになる重厚な役どころを目指しているので、さらに技術を高め、ドラマチックな役に挑戦したいと思っています。また音楽ファンの裾野を広げるためにコンサートにも出演し、「荒城の月」や「浜辺の歌」「椰子の実」等、日本の唱歌をたくさん歌い、お客様と一緒に楽しんでいます。

10月のコンサートの聴きどころはどのようなところでしょうか?

ヴェルディ作曲のレクイエムは、もうすべてが聴きどころです! 鎮魂歌には聞こえない派手さがあり、ワクワクする楽曲ですから、何も考えずに、歌と旋律の壮大なエンターテイメントに身を委ねてほしいですね。特に有名な曲「怒りの日」は、テレビドラマ等でもお馴染みですから、重厚な生演奏の迫力を楽しんでいただけるでしょう。また歌手としては、ヴェルディは選ばれた人しか歌えない難易度の高さがあり、挑戦し甲斐のある演目だと思っています。バリトンのソロパートもありますので、私の奮闘ぶりにもご期待ください!

プロフィール

バリトン歌手 岡昭宏さん

岡昭宏(おかあきひろ)
香川県出身。国立(くにたち)音楽大学声楽科を経て、東京芸術大学大学院修士課程修了。新国立劇場オペラ研修所第10期生修了。2010年度、文化庁新進芸術家海外研修制度研修生としてイタリア・ジェノバに留学し、3年後にヴェルディ作曲オペラ「ドン・カルロ」にてイタリアデビュー。2014年第44回イタリア声楽コンコルソ第1位シエナ大賞受賞。同年、第12回東京音楽コンクール第1位および聴衆賞受賞。