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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
具志堅幸司さん、辰巳満次郎さん

拡大版 特別対談

日本体育大学学長・ロサンゼルスオリンピック体操金メダリスト
具志堅幸司さん

重要無形文化財総合指定保持者 宝生流 能楽師
辰巳満次郎さん

「体操」と「能」のコラボレーション 身体表現の美と楽しさを体感してください!

来年1月13日に行われる「スポーツと文化の融合『魅せるスポーツ・美せる能』」に出演する具志堅幸司さんと辰巳満次郎さん。体操と能の共通点や、イベントの見どころについて語り合っていただきました。

オリンピックのプレッシャーを能舞台の上で打ち消した

辰巳
今回のイベント出演の話をいただいたとき、「スポーツと文化の融合」をテーマとしたイベントということで、お相手として真っ先に思い浮かんだのが具志堅さんでした。以前、具志堅さんをとりあげたテレビ番組を見たことがあり、そこに私が能を舞う場面も出てきて……。
具志堅
ああ、思い出しました。ロスオリンピックの前にプレッシャーで「体操ができない」と悩んだ際、高校時代の恩師に相談したんです。すると恩師が私を能の舞台へ連れて上がり、「能を舞う人は金メダルを取りたいと思って舞っているか?違うだろう。神への奉納じゃないか」と。「君が体操を16年間やってきたことを、神様に報告するのがオリンピックなんだ」と言ってくれたんです。おかげで晴れやかな気持ちになり、プレッシャーが消えました。テレビ番組では、そこで辰巳さんが能を舞う映像が使われたのですよね。
辰巳
はい。その乗り越え方って簡単にできることではないし、日本の文化や精神性にも深く関わっていると思います。ですから私自身も具志堅さんのお話をうかがいたいなと思い、今回のイベントの仲間として具志堅さんに声をかけさせていただいたのです。

もう一人の自分が出てきて演技や舞をチェックする

辰巳
実は、体操と能は共通する点が多いんですよね。どちらも身体表現ですし、体操はスポーツの中でも特に高い芸術性が求められますし。
具志堅
体操競技には「美しさ・難しさ・安定性」という3大要素があります。どれが欠けても体操のチャンピオンにはなれませんが、真っ先にくるのが「美しさ」。美を表現するためにどうするかというと、反復です。それこそ毎回同じ位置で息を吸ったり吐いたりできるまで繰り返し練習します。
辰巳
体得するまで。
具志堅
私の頭の中にはビデオがあるんです。演技の練習をしたあと、今やった自分の演技を頭の中で再生する。その映像を見ながら、もう一人の具志堅幸司と「少しタイミングをずらそうか」と相談するのです。
辰巳
「もう一人の具志堅幸司」の話、とても興味深いです。というのも、能でも同じことが起こるのです。能面を着けると、顔と能面の間に空間ができて、その空間にもう一人の自分が出てくる。そして自分の舞をチェックするのです。一般的には、能面を着けると「息苦しい」とか「視野が狭くなる」と言われますが、私たちはホッとするんですね。逆に能面をつけない役のほうが苦しい。
具志堅
そうやって第三者的に練習を振り返れるようになったのは、大きなケガをしてからです。それまでの10年間はできませんでした。ある時、ケガで3ヶ月入院して、入院中にイメージトレーニングをするようになりました。すると、入院前にできなかった技が、退院したら完成していたんです。周りがびっくりしてね。私も驚きました(笑)。その時に、練習とは考えることなのだと気付いたのです。
辰巳
それはすごい。能においても、イメージトレーニングの大切さは古くから説かれています。650年前、能を初めて理論的に確立した世阿弥が「自分がどうなっていくかを考えることが、自分の進歩につながる」と言っています。今でいうイメージトレーニングですよね。一流になるためには、「思いを馳せる」ことができるかどうかが大きな転換点なのだと思います。

舞台芸術から学んだ演技の「魅せ方」

具志堅
選手時代、練習が休みの日は新宿コマ劇場で舞台をよく観ていました。歌手のトークや歌を見ていると、いつのまにか拍手しているんですよね。我に返って、なぜ私は拍手をしたのだろうと考えてみると、「間」なのですね。体操でも1人ではなくて1万人から拍手をもらいたい。拍手をもらうためにどうしたらいいかを、舞台芸術から学びました。例えば十字懸垂は、宙で3秒止まると観客から拍手がもらえて、4秒止まると演技を見ていない人も気付いて拍手をくれるのです。ただし5秒止まると減点なのですが。
辰巳
何事もやりすぎはいけない(笑)。
具志堅
だから、最後は審判に見てもらいたいという思いでやっていません。観衆に見てもらいたいのです。
辰巳
能においても、「間」しかないです。間という考え方って、世界を見渡しても実は日本にしかありません。音楽でいえば音がないところ、体操や身体表現では動いてない時間、日本はそういった間をすごく大事にしてきました。能もそうですが、体操もすべての瞬間において「魅せて」いるわけで、本当に体操はスポーツの中の芸術という表現がぴったりですね。

「魅せるスポーツ・美せる能」の見どころ

辰巳
イベントでは、体操と能、両方のワークショップや公演・演技を行います。能のワークショップでは、観客のみなさんに「すり足」を体験していただこうと思います。すり足は日本にだけ残っている文化で、右足と左足のどちらを先に出すかにも意味があります。そういう日本古来の考え方に触れていただければ。
具志堅
体操のほうの見どころは、体操の演技と少林寺拳法の演武です。まさに集団の美、調和を楽しんでいただけるはずです。少林寺拳法の演武では、防具を付けてガーンと叩くシーンが見られますよ!
辰巳
迫力がありますね。それから、せっかく体操と能のコラボレーションですので、身体を安定させるコツもお伝えしたいです。例えば、電車がいくら揺れても身体が動かない立ち方。スポーツやダンスで身体表現をする方はもちろん、しない方にも日常に役立つ話を他にもたっぷりと用意しています。なにしろ「体操」と「能」の組み合わせは今まで見たことがなく、世界初の試みかもしれません。私たち自身、どんなイベントになるか、とても楽しみにしています!

プロフィール

具志堅幸司さん、辰巳満次郎さん

具志堅幸司(ぐしけんこうじ)(左)
高校時代から本格的に体操に取り組む。2度の大きなケガを乗り越え、1980年モスクワ五輪の体操日本代表に選ばれるも、日本ボイコットのため出場ならず。1984年ロサンゼルス五輪で男子個人総合とつり輪で金メダル獲得。現役引退後は指導者として活躍。

辰巳満次郎(たつみまんじろう)(右)
シテ方宝生流能楽師。4歳で初舞台。1978年東京藝術大学入学とともに神戸から上京し、18世宗家故宝生英雄の内弟子となる。1986年独立。日本全国で能楽の公演や実技指導、普及活動を行うほか、世界各地での公演にも参加。2001年重要無形文化財総合指定認定。