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元サッカー日本代表
ジュビロ磐田監督
名波 浩 さん
昨年12月22日にオープンした、港区最大規模の複合施設「みなとパーク芝浦」。その3階から8階に位置するのが新しい「港区スポーツセンター」です。23日にはオープニングイベントとして、トップアスリートによるスポーツ教室が開催されました。サブアリーナで小学生にサッカーを指導してくれた元サッカー日本代表、ジュビロ磐田の名波浩監督に、スポーツセンターの感想や港区のことを伺いました。
もう6年以上、全国で子どものためのサッカークリニックをやってきました。どの地域でもレベルとモチベーションは比例していて、サッカーが上手い子ほどモチベーションも高いものですが、港区の子どもたちは、レベル差があっても、どの子もモチベーションが高くてやる気がありました。前向きにいろいろなトレーニングを頑張っていましたし、コーチや我々の声掛けにも「一言一句、聞きもらさないぞ」という姿勢で、非常に教えやすかったですね。
指導するのに「おい、お前!」と呼ばれるより、ちゃんと自分の名前で呼ばれたほうが絶対うれしいですよね。そこで、名前を書いて胸に貼ってもらって、それを覚えて声掛けしています。
それまでに、特徴や背格好で覚えるんですよ。開始して15分は、僕もコーチも覚えるのに必死です(笑)。
非常に良いと思いました。フィールドの外の余白(スペース)が大きいのもいいですね。場所や時間の使い方を変えて、違ったトレーニングができますから。
「みなとパーク芝浦」自体、驚きでしたね。建物が密集する都内はスペースがありませんが、スポーツ振興はこうした施設が身近にあることが第一歩。意義は大きいと思います。
東京を拠点に活動する時は、いつも港区のホテル暮らしです。事務所も港区にあるので、庭みたいな感覚ですね。この界隈でジョギングや買い物もします。ジョギングコースは、六本木とかいろいろ。皇居のほうに行ったり…もう港区から出ちゃってますね(笑)。時には東陽町から芝公園まで走ったりします。10㎞ないから、そんなに遠くないですよ。
サッカーは仲間がいないとできないスポーツです。またそれだけでなく、お父さんやお母さん、家族のサポートがあって続けられるものです。そうした人たちに対する一番の恩返しは、今より少しでも上手くなって、試合に出場して勝つこと。身近な目標からレベルをひとつひとつ上げて、将来は港区出身の選手として、日本代表、ワールドカップ、海外で活躍する。そんな大きな夢を持って頑張ってください。
名波 浩(ななみひろし)
1972年静岡県生まれ。ジュビロ磐田監督。
1995年にジュビロ磐田入団。セレッソ大阪、東京ヴェルディ1969、イタリア・セリエAのACヴェネツィアでもプレー。中学時代から日本代表として活躍し、日本初出場の1998年フランスW杯では、ミッドフィルダーとしてチームに貢献。