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改札を入った正面に、鮮やかな世界が広がっています。
「白金春秋」と題されたステンドグラス。日本の美術を代表する具象派の洋画家、大津英敏(おおつえいびん)さんの作品です。
向かって左手のピンク色は桜でしょうか。近づいてみると、淡いパステルピンク、グレイがかったピンク、赤みの濃いピンク等、どれ一つとして同じ色は存在せず、思わず見入ってしまいます。しばらく佇んでいると、そよ風が桜の花びらを散らし、甘い香りを運んできてくれるような気さえしてきました。
池を挟んで右手には、唇をきゅっと結んだ少女が膝を抱えています。何を見つめているのでしょう。何かを憂いているのでしょうか。そっと抱きしめてあげたくなるような儚さと、幼いながらも芯の通った利発さを感じます。実はこの少女、作者である大津さんの次女。自然の中に人を配することで、見る人の心に潤いを与えています。
写真左)近づいてみると、さまざまな色が使用されているのがわかります。
写真右)大人びた横顔の少女は、何を見つめているのでしょうか。
向かって右手の石の塔は実存します。八芳園の庭園にある「十三層塔」です。江戸時代に造られたという由緒ある塔で、作品の中でも存在感がありますね。
「白金春秋」は、バリエーション豊かな色合いで織りなす世界。ここからどんな物語が始まるのだろうと、想像力がかき立てられます。
写真左)繊細に積まれた石を見事に表現しています。
写真右)実際に八芳園の庭園では、どのような佇まいなのか、確かめに行ってみましょう。
画像提供:八芳園
改札の外には「キスポート」のラックがあります。
白金は「しろかね」と読み、「しろがね」とは濁りません。それは地名の由来に答えがありました。
応永年間に、現在の白金周辺に大量の銀(しろかね)を所有していた柳下上総介(やぎしたかずさのすけ)が、銀長者と呼ばれ、それが白金長者となり、白金という地名が生まれました。だから「しろかね」なのですね。その高台が白金台。なんとも運気がアップしそうなエリアです。
2000年に全線開業した南北線には、日本初のものがあります。それは天井から床まで覆われたホームドア。日本の地下鉄では南北線が初めて導入しました。もちろん白金台駅にも採用されています。電車を待つ人に、列車が走行することで発生する風が及ぶことがなく、音も静か。安心して利用できる駅なのです。
ステンドグラスをじっくり眺めていたら、実際に白金台を散策したくなってきました。「白金春秋」のモチーフとなった八芳園は、白金台駅から徒歩1分。ぜひ庭園を散歩して、ステンドグラスに表現された世界を楽しんでください。
八芳園(港区白金台1-1-1)の庭園。四季折々の風情を楽しむことができます。春には、染井吉野、しだれ桜、ぼたん桜等、さまざまな種類の桜が咲き誇ります。
画像提供:八芳園
私は、長女、次女、長男をモデルにして描いてきました。若い命を描くことで、未来に対する夢や希望、そこに入り混じる少々の不安を表現しているのです。
「白金春秋」では次女をモデルにしました。駅にほど近い、八芳園の庭園に娘が座っている構図は、駅を利用する人たちに、ほっとするひと時を感じてもらえたらという思いが込められています。
通常、美術作品は美術館や家の中に飾られますが、この作品は違います。展示されるのは、公共の場である駅。私をご存じない方も目にするわけです。パブリックアートは初めての経験でしたので、その戸惑いは今でも覚えています。
向かって左手の春から右手の秋へ季節は移ろいます。自然の中に人間が存在するのは当たり前のことですが、それはとても尊いこと。この作品をご覧になって、少しでも安らいでいただけたらと、今でも願っております。
大津英敏(おおつえいびん)
1943年熊本県熊本市生まれ。少年時代を福岡県大牟田市で過ごし、郷土の画家、青木繁・坂本繁二郎・古賀春江に影響を受け、画家を志す。1969年東京芸術大学大学院修了。独立美術協会第39・40回展で独立賞を2回連続受賞。1979年家族を伴い渡仏。フランスで生活を始め、長女をモデルにした作品を手掛けるようになった。1981年帰国。1983年第26回安井賞受賞。1989年多摩美術大学教授就任。2014年多摩美術大学名誉教授就任。現在、日本藝術院会員、多摩美術大学名誉教授、独立美術協会会員、財団法人美術文化振興協会理事長。
港区白金台4-5-10