ここから本文です。

ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
 NHK交響楽団ヴァイオリン奏者 齋藤 真知亜さん

NHK交響楽団ヴァイオリン奏者

齋藤 真知亜 さん

N響カルテットが奏でるポピュラー室内楽の新たな可能性

2月15日に開催される高輪区民センター恒例の『NHK交響楽団メンバーによる早春コンサート』。今回は、いつもと一味違うポピュラー曲も演奏されます。NHK交響楽団ヴァイオリン奏者の齋藤真知亜さんに、そのコンセプトや聴きどころ、港区の思い出等を伺いました。

今回のカルテット(弦楽四重奏)では、ディズニーの『パイレーツ・オブ・カリビアン』『アナと雪の女王』、ビートルズ等の曲が演奏されますね。

ヴァイオリン2台、ヴィオラ、チェロの弦楽四重奏は、よく「最小で最大のアンサンブル」と言われます。これはハイドンの頃、演奏家がまだ使用人だった時代から始まり、ベートーヴェン以降、庶民にも広がったクラシックの特許みたいな構成です。ですがその後、いろいろなジャンルでも演奏されるようになりましたね。
たとえば、ポピュラーで初めてストリングスを使ったのはビートルズ。おそらく『エリナー・リグビー』が世界初じゃないかと『ドラクエ(ドラゴンクエスト)』の作曲家すぎやまこういちさんから伺いました。そのすぎやまさんアレンジのビートルズを数曲演奏します。ディズニーの『パイレーツ・オブ・カリビアン』は、実は僕が好きすぎて。カルテットで演奏したくて友達にアレンジしてもらった曲ですから、他では絶対に聴けません。

それは貴重ですね!

カルテットの楽しさは“集散自在”ということです。4人仲良く奏でていると思ったら、それぞれが独奏したり、僕が王様で家来3人のような雰囲気になったり(笑)。なじみのある曲なら、そうした掛け合いもわかりやすいでしょう。それに、NHK交響楽団の仲間は、喜びも悲しみも幾歳月、いつも一緒で互いの呼吸がわかっている間柄。素晴らしいエキスパートの集団です。コンサートでは「こんなこともできるんだ」という“カルテットの可能性”を感じていただけると思います。

そのN響があるのが港区・泉岳寺。どんな思い出がありますか?

学生時代からずっと通っていますが、一番の思い出は伊皿子坂ですね。契約団員だった30数年前、10時演奏開始なのにN響のある泉岳寺駅に着いたのが5分前。あきらめきれない若き齋藤真知亜くんは、駆けのぼるわけです。ホームから改札、改札から外までずっと階段でN響までの伊皿子坂も全部のぼり。なんとか建物に入ってほぼ10時ですが、そこからまた急な階段で。スタジオは2階、指揮者は今にも3階から下りてくる。遅刻したらおそらくクビの瀬戸際、事務所の人がズラッと並ぶ前をヘトヘトで走り抜け、楽器を出しながらスタジオのドアを開け走り込むと、指揮者が入ってくると思って全員こちらを見ていて…。たまたま、指揮者の岩城宏之先生がちょっと遅れてセーフでしたが、一生忘れられません。最近は、N響も改築され、唯一当時から残っていた駅前の「藪蕎麦」もなくなり、町並みはすっかり変わって淋しいですが、あの坂ののぼりだけは変わりませんねぇ。

遅刻でクビにならなくて良かったです(笑)。話題を少し戻しますが、作曲家のすぎやまこういちさんとの出会いを教えてください。

僕がN響に入団した頃、ちょうどすぎやまこういちさんが『ドラゴンクエスト』のゲーム音楽のレコーディングを始めたんです。それで、セカンドヴァイオリンの一番後ろからレコーディングにも参加しました。当時はすぎやまさんのことをぜんぜん知らなくて。ザ・タイガース(沢田研二がボーカルのグループ・サウンズ)やガロ(フォークグループ)のヒット曲とも結び付いていなかったのですが、その時はただ素直に、なんていいメロディだろうと思っていました。その後、とある企画ものの仕事でカルテット演奏を使うということでスタジオ録音に呼ばれたら、そこにすぎやまさんがいて。「君、名前なんていうの」「齋藤真知亜といいます」「変わった名前だね。でもとてもきれいな音だね」と言っていただいて。当時の僕は、ヴァイオリンに関して自信を失くしていた時期だったので、その言葉でなんだかすごく、ホッと救われたんですよ。
それから6年後、「あの時のすぎやまですが」と、突然電話がかかってきました。すぎやまさんは、ビートルズをアレンジした曲を過去にレコーディングされているのですが、それを全部やり直すので「真知亜くんの仲間でやってくれない?」と言うのです。当時の僕としては精一杯やらせていただいて、ビートルズのCDができました。その関係で、すぎやまさんがお話をして僕らカルテットが演奏する演奏会を、あちこちでやらせていただけるようになったのです。2013年には新たに演奏したCD『弦楽四重奏による「Yesterday」』もできました。

齋藤真知亜さん率いるN響室内楽ユニット「マティアス・ムジクム・カルテット」ですね。今回のコンサートに出てくださる、ヴィオラの坂口弦太郎さん等も加わって『ドラクエ』の室内楽曲も演奏されていますね。

弦太郎くんは子どもの頃、N響のドラクエを聴いて育った世代なんですよ。このビートルズの演奏ツアーですぎやまさんと食事をしていた時に、彼は「N響に入ったらドラクエを演奏できると思っていたのに、ロンドン・フィルが演奏するようになって淋しいです…」と言い出したんです。そうしたらすぎやまさんが「カルテットでアレンジしてみようか」と口をすべらせたんですよ。その場はそれでおさまったんですけど、1年ぐらいたったら本当に「アレンジしちゃったんだけど」と連絡があって(笑)。今風に言うと「先生、マジすか?」(笑)。それで、二枚組CD『弦楽四重奏による「ドラゴンクエスト」』ができたんです。

なるほど、そういう経緯があったんですね。齋藤真知亜さんは、ほかにもさまざまなユニットで活動なさっていますね。

ちょっと特殊なんだと思いますよ。いろいろな縁でつながっていくのがおもしろいんですよ。
なにしろ“クラシックからお笑いまで”ですから。お笑いタレントのオオタスセリさんや永六輔さんともご縁があって、半年に一回は下北沢で舞台も踏んでいます。フォークの小室等さんと一緒に震災のチャリティーCDを作ったり。そういう縁が次から次へとできていくんです。家内にはよく冗談で「クラシックよりも他のジャンルの方が友だちが多いね(笑)」って言われます。

民族楽器もお好きですね。

ディジリドゥ(オーストラリア大陸の先住民・アボリジニの楽器。ユーカリの木で作られ、長い棒状)も持ってますよ。演奏に取り入れるのはちょっと無理ですけどね。ほかにもいろいろ集めていて、持っている楽器は、馬頭琴3台、トプシュール、ラオスのケーン、カリンバ、インドのゴビチャント、ルーマニアのナイ、三線等々です。
世界で一番小さい楽器といわれる口琴も100個ぐらい集めてます。サハ、ハンガリー、ベトナム、フィリピン等いろいろな国のものがあるんですが、音を出すには歯にあててはじいて頭蓋骨を響かせるんです。するとピョン吉くんみたいな音が「ピヨョーン、ポロロ~ン」と。音程ではなく響きで演奏するので、やりすぎると頭がちょっとボワ~ンってするんですけど(笑)。

最後に、すぎやまさんの印象にも残った、真知亜というお名前の由来を教えてください。

僕、未熟児で生まれたんですよ。予定日よりもすごく早く出てきちゃったので、さすがに母が「ちょっと待ちや」と言ったので“真知亜”。…というのはウソです(笑)。
本当は、キリストの使徒のひとりである聖マチアスにちなんだ名前です。このマチアス、すごくツイてない人で、いつもキリストのそばでお話を伺っていたのに最後の晩餐に招かれず、ユダが裏切ったあと繰り上げ当選みたいにして、やっと仲間に入れてもらえたんですね。その時、くじ引きで選ばれたのですが、くじ引きというのは神の意志だから、神様に本当に選ばれた人という意味があったらしいです。真知亜という文字は、マチアスの当て字だと思っていたのですが、“真を知る”で神様のこと。亜は亜流の亜で、“次”という意味。神様に次いでいつも正しくあるように、ということだと、僕に娘が生まれた時、初めて父に聞きました。
齋藤真知子と言われたり、真知恵、真知夫、マチヤ、等々色々間違われましたが、今や世界一の名前を授かったと、両親に感謝しております。

齋藤真知亜さんのお話も面白そうなコンサート、当日が楽しみです。

ぜひ、いらしてください!

プロフィール

齋藤 真知亜さん

齋藤 真知亜(さいとうまちあ)
東京藝術大学首席卒業、1986年NHK交響楽団入団。1990年「ザ・ビートルズ」リリース。2010年「文化庁芸術祭音楽部門大賞」受賞。2014年リリースの「ゴールドベルク変奏曲(弦楽三重奏版)」は、オーディオファイルのサイトで優秀録音に選出される。第一ヴァイオリンフォアシュピーラー。