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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
人形浄瑠璃文楽 太夫 豊竹 呂勢大夫(とよたけ ろせたゆう)さん

人形浄瑠璃文楽 太夫

豊竹 呂勢大夫 さん

フィーリングで楽しんでほしい「情を語る」義太夫の魅力

文楽の花形が名作に挑む『赤坂花形文楽』が、今年も5月24日に赤坂区民センターで開催されます。
この公演に出演される太夫の豊竹呂勢大夫さんに、義太夫の魅力や『赤坂花形文楽』の楽しみ方を伺いました。

文楽は太夫、三味線、人形の三位一体の芸ですが、「義太夫」を語る太夫の役割は?

文楽の義太夫は「情を語る」のが一番の眼目です。普通の歌や音楽は、歌声や節回しを聞かせます。義太夫にもそうした部分がありますが、一番大事なのは登場人物の気持ちを、三味線の演奏とともにお伝えすること。物語を目に見える形で表現するのが人形ですが、場面の説明から心情描写まで、すべてを一人で語るのが私たち太夫の役割です。

義太夫の魅力を教えてください。

音楽的な部分がすごく面白いですね。それに演劇的な魅力もあります。その両方をやるので、太夫は歌も歌えて芝居もできる。これが一番の魅力です。そして芝居と歌、両方の境地を極めるには、それだけ時間もかかります。なので、アイドルのように10代でスターは無理。年齢を重ねないと出せない境地が、演者の味わいですね。

公演や練習で「義太夫漬け」の日々だと思いますが、気分転換は何をしますか?

私の場合は、義太夫グッズのコレクション。義太夫に関係あるものは、舞台の道具、浄瑠璃本や書画等なんでも集めます。ちょっと重症なんですよ(笑)。なにしろ骨董品というものは、買い物ではなくひとつの出会い。たとえ目の前にそれがあっても、どれだけお金を積んでも買えないものは買えない。ところが、以前は買えなかったものが、ある時ふと出てきて、これはやはり私に買ってほしかったんだな、と(笑)。そういう縁や出会いが面白いんですよ。

集めた中で、一番のお宝を教えてください。

出会いという意味では、私の最初の師匠の、ずっと前の師匠にあたる竹本摂津大掾(たけもとせっつだいじょう)の書画でしょうか。骨董市で「布袋さんの絵」としか説明のない掛け軸の巻物を見つけて、たまたま広げたらまさに摂津大掾の書画だったんです。店主も知らなかったようで、これは運命だと(笑)。そんな不思議なことがありました。

呂勢大夫さんは、13歳からこの世界に入られ、芸歴も長いですね。

初舞台から32年、お稽古から数えればもっとになりますね。昨年、50歳になりましたが、この仕事をしてると全然そんな気がしないですね。世間の50代というと定年が近いとか人生後半期とか考えるのでしょうが、文楽の世界は皆、気持ちも若いですし、80歳、90歳の方がバリバリ活躍していらっしゃる。そこまで行くには、まだまだ道が遠い気がします。それに、私が入ったころの50代のお師匠さん方は、もっとすごかったですよね。自分はまだまだ、目の前の課題をひとつずつクリアしていく段階ですね。それでもここまで辞めずに続けてきたのは、義太夫節が好きだから。楽しいから続けてこられたのだと思います。

それにしても、13歳でこの世界に入ろうと思われたのはすごいですね。

それこそ子どもですから、将来の仕事とか一生の職業といった意識はあまりなくて。親に連れられて見に行って、好きだからやってみたいという感じだったんですよ。今の子どもは、サッカー選手になって一億円稼ぎたいとか目標にする子がいるかもしれませんが、昔の子どもはそこまで深く考えていませんから。好きでやっているうちに、ハマっちゃったんですね。

子ども時代に古典芸能に触れるのは、良い経験になりますね。

私のように小学生で見て楽しいと思う子どもは珍しいと思いますが(笑)、それでも、中にはそうした子どももいるわけですから。きっかけを作るのは大人です。「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に行こうか」とか、「帰りにお寿司を食べようか」とか、大人からそんな誘いをしてあげたり、今回の『赤坂花形文楽』に連れてきてくださっても良いと思います。子ども時代のほうが素直に楽しめるかもしれませんし、そうした中から、たまに私みたいな子どもがハマったりするので(笑)。

太夫は、どのような修行をするのですか。

伝統芸能はどれもそうですが、最初は技術的なことを学びます。義太夫独特の声の出し方、節回し、そうした技術をしっかり身につけます。若いうちは師匠の模倣から始まって、そこに演者の人生経験がプラスされて、先程お話ししたような「情を語る」境地にいたるわけです。決まったことを同じようにやっていても、演者の人生経験がプラスされることで、同じ曲でも味わいが変わってくるのです。
技術を習得するのは大変だし時間もかかります。良い指導者に教えていただくことも大事ですが、私はお師匠さんに恵まれ、良い指導をしていただけてありがたかったですね。
昔の稽古は、最初に師匠が手本をやって、次にそれを一緒にやって、最後に自分でやるというもの。お師匠さんのやった直後に真似しますので、それだけ集中します。今は録音がありますので、テープを聞いて予習ができますが、生でお師匠さんの芸を見るのが一番ですね。

師匠の芸を、自分の身に吸収させるのですね。

特に太夫は楽器や道具を使いません。生身の体ひとつですので、三味線や人形よりも、自分自身を鍛えることが大事ですね。
く言うのですが、そうした点では、義太夫はスポーツと一緒です。若いころは、師匠から「いっぱいいけ!」とよく言われるのですが、これはテンションを目一杯上げて、自分の持っているものを全部出して表現しなさいということ。文楽の公演はだいたい25日間ぐらい続きますが、そこで明日のために今日のエネルギーを出し惜しみしてはダメ。持っているものすべてを、その日の舞台に出しきる。若いうちは細かいことより、そうした気合いや精神力の修行です。精神と肉体はリンクしていますから、ダメと思うとダメになってしまうので、メンタルも鍛えないと。ですので、太夫は文化系じゃないんですよ(笑)。昔のお師匠さん方は、そうした意味からも厳しい修行をしてくださったと思いますね。

太夫に向き、不向きはあるのでしょうか。

それは多少はありますよ。義太夫がいくら大好きでも、とんでもない音痴では難しいでしょう。リズム感がめちゃめちゃだと三味線弾きになれないのと一緒ですね。そうした向き不向きはあるとは思いますが、結局のところ、いつもお師匠さん方が言っていたのは、好きになることと努力です。
スポーツでもどんな分野でも、トップの人たちは、すごい才能を持っている人が、なおかつ努力もしてるわけです。才能があっても努力しなければ、それまでのこと。文楽のお師匠さん方も、才能がある上に、ものすごく努力をされていました。身近で見ていると、努力が苦になる人もいれば、ならない人もいましたが、でもどんな人も、皆努力をしていましたね。何もしないで、自分の天分だけでやっていくことはできないと、最近つくづく思います。

では、毎日の稽古はどのくらいされるのですか?

我々の稽古は、何時間練習すればいいというものではありません。もちろん、床本を読み、習ったことを家で練習するのも大事ですが、子どものころ言われたのは、稽古場に座っているときだけが稽古ではないということでした。いつでもどんな場所でもやろうと思えば練習できると。

四六時中、義太夫のことを考えているわけですね。

かつてのお師匠さん方を見ていますとね、本当にそうなんですよ。何をしていても、常に義太夫のことが頭にある。そうじゃないとこうした仕事はできないと思いますね。

最後に、文楽の初心者に楽しみ方を教えていただけますか。

まず、文楽を頭で理解しようとは思わないでとお伝えしたいです。言葉やストーリーがわからなくても、フィーリングでお芝居を楽しんでください。たとえば英語のロックとか、歌詞がわからなくても好きな曲ってありますよね。オペラも、ドイツ語やイタリア語を知らなくてもなにかは伝わります。特に義太夫は、そうしたものを伝えるために、いろいろなことをしております。人形がきれいとか、語っている人の姿がすごいとか、三味線の音色がしびれるとか。そんな自分なりに楽しめるポイントを見つけて、素直に楽しんでいただければ。

『赤坂花形文楽』でのお話も楽しみです。

いつもしゃべりすぎて、怒られますが(笑)。トークもそうですが、舞台はお客様と演者の両方が盛り上がってこそ。両者が生のライブを楽しむことで盛り上がります。300年以上の歴史がある文楽には、現代人にも響く魅力があると信じています。ぜひ、楽しみにいらしてください。

プロフィール

豊竹 呂勢大夫(とよたけ ろせたゆう)さん

豊竹 呂勢大夫(とよたけ ろせたゆう
1965年東京生まれ。13歳で四代・鶴澤重造に師事。82年国立劇場文楽研修生に編入。84年五代・竹本南部大夫に入門し、国立文楽劇場で初舞台。85年五代・豊竹呂大夫の門下となり、88年豊竹呂勢大夫と改名。
2000年八代・豊竹嶋大夫の門下となる。同年、大阪市の「咲くやこの花賞」受賞。13年日本伝統文化振興財団賞受賞。

豊竹 呂勢大夫(とよたけ ろせたゆう)さん