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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
日本ルーマニア音楽協会会長 嶋田 和子さん

日本ルーマニア音楽協会会長

嶋田 和子 さん

ルーマニアと日本の架け橋 若いアーティストを応援するコンクール

8月26日から30日の5日間、高輪区民ホールで『第12回ルーマニア国際音楽コンクール』が開催されます。若いアーティストが競い合い、入賞者はルーマニア演奏旅行に行って海外デビューができます。コンクールは誰でも入場無料で観覧でき、観客賞の審査もできます。主催する日本ルーマニア音楽協会会長の嶋田和子さんに、ルーマニアとの繋がりやコンクールの楽しみ方を伺いました。

ルーマニアとクラシック音楽の繋がりを教えてください。

日本ではルーマニアという国はあまりメジャーではありませんが、音楽業界ではクラシックが盛んなことが知られているんですよ。たとえば、20世紀の傑出した作曲家でヴァイオリニストのジョルジェ・エネスクがルーマニア出身で、その名を冠した国際音楽祭も開催されています。
ほかにも、日本でも指揮したことのある国際的指揮者のセルジュ・チェリビダッケ、ピアノの神様と呼ばれたディヌ・リパッティやクララ・ハスキルといった演奏家も輩出しています。最近では、指揮者イオン・マリンや、国際的オペラ歌手のアンジェラ・ゲオルギューもルーマニア出身。でも、EUで活躍するヨーロッパ人というイメージなのかもしれないですね。

では、日本で「ルーマニア国際音楽コンクール」が開かれるようになった経緯は?

もともと私はピアノ教師で、子どもたちにピアノやミュージカルを教えていました。ある日、ある施設でミュージカルを教えるために使っていた教室の隣に「ルーマニア」という看板がでていたんですよ。それが1999年で、その年日本に初めてルーマニア政府観光局ができたお披露目の講演会が行われる予定だったのです。ちょうど私の教室では、ミュージカルを若い先生方が教えている間でしたので手が空いていた私は、何もわからないまま「何だろう」と思ってちょっとだけ中に入ってみたんですよ。すると、なんとお客は私ひとり。あとになってわかったことですが、ルーマニアは東欧で唯一、ラテン系の民族。そのおおらかさで、ほかのお客がいないのも気にせず、広い部屋の前列中央に座らされた私に向かって、政府観光局の局長が英語と日本語とルーマニア語で話し始めたものですから、私も出て行けなくなってしまいました。2時間終わって教室に戻ると、待っていた先生方は皆怒っていて(笑)。そこで事情を説明してルーマニアの話をしたところ、民族衣装や音楽に興味を持ったようでしたので、改めて政府観光局に連絡し、民族衣装の展示紹介をしたり、観光局の人がこちらのコンサートにも来てくれてルーマニアのチラシを配布するといったおつきあいが始まりました。
そこでまた明るいラテン気質が発揮され「君たちの奏でる音楽はルーマニアの景色にピッタリ!」と言われたんですよ。それで翌年、ルーマニアに行って、現地で演奏会を開きたいと考えるようになりました。そしてある人から「来年の2002年は、ルーマニア・日本友好100周年記念だ」と教えられ、そのイベントに参加することになりました。
政府や皇室の代表と、総勢100名ぐらいで各地をまわり日本の武道を紹介したり演奏会をやって親交を深めたのですが、私はピアノ教師ですから、教育に興味があります。せっかくなので学校訪問したいと申し出たところ、そこはルーマニアですから、翌日には即「OK!」。中高一貫の進学校イオン・クレアンガ高校に行かせてもらいました。
そこで音楽と日本語の授業を参観し、交流演奏会をさせていただいたのですが、驚いたことに舞台の上は折り紙で飾られ、司会の子は着物を着ていて、歌ったのはSMAPの曲。その上、皆、日本語をしゃべるんですよ。どうしてこの子たちはこんなに日本を知っているの?と感激して、「今年は私たちが来ました。来年はあなたたちが日本に来て一緒に交流しましょう」と挨拶したのですが、子どもたちは皆、口をそろえて「私たちはお金がないから行けません。来年もまた来てください」と言ったのです。
たしかに経済的には厳しい状況の国で、学校にはピアノもありませんでした。演奏してくれたシンセサイザーは、JICA(国際協力機構)から1日だけ借りたもの。それを知って「私はこの子たちのために何ができるだろうか、どうルーマニアと交流すれば良いだろうか」と考えました。私がやってきたことは音楽ですから「コンクールを開催して、受賞した子をルーマニアの演奏旅行に連れて行って交流を深めよう」と思い立ってできたのがルーマニア国際音楽コンクールなんです。05年にはルーマニア大使館の協力で、日本ルーマニア音楽協会を設立しました。イオン・クレアンガ高校とは10年間おつきあいする中、シンセサイザー、パソコン、フルート、大太鼓や浴衣といったものを贈呈してきました。ピアノを贈るための募金もあります。ピアノをくださる方がいますが、輸送費が高すぎるので、現地で買う方が現実的なんですよ。地域によってはカスタネットでも喜ばれるような経済状況なんです。でもラテン系なので、経済的な厳しさに対する暗さはひとつもありません。明るく前向きで、音楽が流れると踊ってしまう国民性だから、長くおつきあいしてこられたと思います。

演奏旅行に行ったコンクール受賞者の反応はいかがですか?

連れて行った子たち皆がルーマニアのことを好きになりますね。アーティストにとって何がいいかというと、ラテン系ですから、演奏が終わると「ブラボー!ブラボー!」の連続。現地では古城やサロンといった素敵な場所で4回ぐらい演奏会をやりますが、聴衆が熱心に聴いてくれるので、演奏者は回を重ねるごとにどんどん上手くなっていくんです。まさに「聴衆がアーティストを育てる」というのを目の当たりにします。
現地には日本人がほとんどいなくて珍しいので、すぐ前まで来て写真を撮られたりもしますが、あたたかい歓迎を受けて、本当に豊かな気持ちになります。そんな体験をしますので、ルーマニアが初海外だった子は、第二の故郷みたいに感じるようですね。

旅行中のエピソードを教えてください。

日本人のルーマニアのイメージというと、チャウシェスク、コマネチ、ドラキュラですよね。なので、若い子はドラキュラ城を絶対に見たいんです。それで行く前から幹事さんに、「ドラキュラ城は絶対、連れて行ってくださいね」と何度も頼んでいるのですが、到着したら閉まっていたことがあるんです。
普通はそういう場合、まず謝るものですが、そこはラテン系。ガイドは「今日は夏時間なのにおかしいなー」みたいな感じで(笑)。しかも「ユーアーラッキー!」って言うんです。「何がラッキーなの?」と聞いたら「また来年、見に来れるじゃないか!」。そう言われると、怒る気も失せてしまいますね(笑)。

楽しそうですね。素晴らしい体験と国際交流がセットになっているのも、このコンクールの良いところですね。

あちらの学校でも演奏したり交流しますので、今の子たちはすぐFacebookやメールアドレスを交換して友達になるんですね。ルーマニア大使館もそれをすごく喜んでくださっています。10代、20代という若い子たちの交流が、これからの未来を作っていくわけですから。
しかも彼らは、富士山や芸者といった古い日本のイメージではなく、今の日本をよく知っています。先端技術や100円均一ショップ、秋葉原、中には村上春樹を読んでいる子もいました。最初の興味はセーラームーンといったアニメからだそうですが、日本文化そのものへの理解も深く、日本語を美しいと言ってくれます。ルーマニアから日本に留学してきた子がいて、湯島天神にお参りに行きたいというので一緒に行って、お守りを買ってあげようとしたら「自分で買わないとご利益がないから」と言うんですよ。私たちが忘れてしまったようなことも知っていたりするので、こちらも日本のことをちゃんとしゃべれないと恥ずかしいですね。

嶋田さんが、ルーマニア国勲3等将校賞を受章されたのもこうした交流を続けてきたからでしょうか。

ありがたいことです。2014年、大使館でセレモニーをしてくださいました。やはり毎年続けてきたこと、若い人たちの交流の場を提供できたこと等が大きいのだと思います。私もなぜルーマニアがこんなに好きなのか、不思議なんですよ。ルーマニア人の生まれ変わりなのかもしれません(笑)。出会いは本当に偶然で、何も知らなかったのですが、私のテーマである音楽教育と合っていたんですね。このコンクールは、本当にやって良かった、大切な事業です。

それでは、コンクールの楽しみ方を教えてください。

日本にはたくさんの音楽コンクールがありますが、このコンクールの特徴は、技術が高いだけではグランプリ(最優秀賞)はとれないということです。私の考え方として、アーティストとして生きていくには、聴いてくださった方に「良かった、楽しかった」と思っていただける演奏でなければなりません。上手いだけの演奏ならCDで十分。大事なのは、どれだけ会場と一体になったパフォーマンスができるかということ。ルーマニアから来た審査員も「機械みたいな演奏ならいらない」とはっきり言います。ですから、聴いてくださった方が投票するオーディエンス(観客)賞も大事です。人に感動を与えられる演奏でなければ、どんなに上手であっても、将来伸びていきません。
また、日本の音楽学習はどうしても技術習得ばかりになりがちです。でも、そのために落としてしまっているものもたくさんあると思います。たとえば、コミュニケーション。挨拶がきちんとできないようでは、世界では通用しません。応募してくるアーティストの中には、私や審査員にはきちんと挨拶しても、スタッフに横柄な態度をとる子がいます。でもこのコンクールでは、受付、楽屋、舞台袖のスタッフも全員が○×で審査していますから。もちろん各部門の入賞は点数で決まりますが、たとえ1位であっても、×が一つでもあればグランプリはとれません。そうした人柄や性格は演奏にも出るし、何年たっても変わらないんですね。
もうひとつ、ほかのコンクールと異なるのは、ピアノ、声楽、弦楽器、管楽器、打楽器、アンサンブルと、6部門あることです。それぞれの部門で1~3位を選んで、全体から1人最優秀を選びます。「ジャンルが違うのにどうやって選ぶのか」と言われることもありますが、一番感動を与える演奏は、聴いている方にはちゃんとわかると思いますよ。
一般の方にとっても、6部門あるので楽しいと思います。ピアノがお好きだったらピアノを聴けばよいし、知らない楽器を聴いてみるのも面白いでしょう。音楽に詳しくなくても、アンサンブルや打楽器なら親しみやすいでしょう。最近の打楽器では、マルチ・パーカッションといって、ティンパニやドラムだけでなく、ドラや鍵盤等さまざまな楽器をたくさん並べて、一人で演奏するスタイルもありますから。見ているだけで楽しめますよ。

このコンクールから活躍の幅を広げたアーティストもたくさんいますね。

第1回の最優秀賞を受賞したテノール歌手の大澤一彰さんをはじめ、ヴァイオリンの会田莉凡さん、チェロの上野通明さん等、たくさんのアーティストが育っています。
クラシックはどうしても敷居が高い印象がありますが、ジャズやロックと同じように、好き嫌いや楽しいかどうかで判断していただいてよいのです。このコンクールに来ていただければ、それもわかっていただけるのではないでしょうか。聴衆も、もっとわがままに、音楽を楽しんでください。

コンクールと同時に、高輪区民センターの2階ギャラリーでは展示も行うのですね。

「ルーマニアってどんな国?」ということで、毎年テーマを決めて紹介しています。昨年のテーマは「衣食住」。ファッションや住居も興味深いですが、ルーマニアは料理もすごく美味しいんですよ。日本人の口にあわないものがないくらい。一般の方をツアーでお連れした時には、初日の食事で「美味しい」と言われ、翌日のディナーは「昨日より美味しい!」となって、それが7日間続きました。 水のおいしさもヨーロッパ1位を獲得したぐらい。今年の展示は何か、楽しみに見にきてください。

最後にメッセージをお願いします。

ルーマニアの審査員が選ぶのはどんなアーティストなのか、ぜひ、ご自身の耳で聴きにいらしてください。そして、感動したアーティストがいたら応援してあげてください。ここから世界に飛び立っていく若いアーティストの卵たちに、ぜひ会いに来てくださいね。

プロフィール

嶋田 和子さん

嶋田 和子(しまだかずこ)
人と共に成長する仕事をしたいとピアノ教師となる。その指導方法は、技術のみを追求する指導とは異なり、子どもたちの輝く才能を見つけ出し、伸ばす、という独自の教育方針を実践。
2005年、日本ルーマニア音楽協会を設立、「ルーマニア国際音楽コンクール」を立ち上げ、今年で12回目を迎える。
2014年、ルーマニア国より勲3等将校勲章を受章。