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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
長唄三味線演奏家 杵屋 勝国さん

長唄三味線演奏家

杵屋 勝国 さん

日本情緒を音で表現する三味線の魅力を皆さんに

9月24日、赤坂区民センターで開催される『英語で楽しむ伝統芸能』は、日本の伝統芸能を堪能できるイベントです。英語解説付きの歌舞伎公演『みんなの歌舞伎~kabuki for everyone~』に登場するのは、品の良い女形で著名な歌舞伎役者の市村萬次郎さんと、長唄三味線界の重鎮で、繊細で華やかな音色とドラマチックな演奏で魅了する杵屋勝国さん。海外の方だけでなく私たちにとっても一流の芸に触れられる貴重なチャンス。杵屋勝国さんに、三味線の魅力や公演の楽しみ方を伺いました。

杵屋さんが、長唄三味線の世界に入られたのは6歳とお聞きしました。

6歳の6月6日です。昔は芸事をやるには、6歳の6月6日から始めるのが一番上達すると言われたんですね。生まれは九州で、家は料理屋。父が長唄を唄って母が三味線を演奏するという具合に、両親は趣味で長唄をやっていました。そして隣家は、その長唄の先生。そうした関係で始めたんです。並行してバイオリンも6月6日から始めましたが、そちらはバスで通わなければならなくてね。小学校の間は両方やっていましたが、どちらかに決めるとなって隣のお師匠さんにしました。歩いて行けるから(笑)。

そこで才能を認められ、14歳で名取(家元・師匠から芸名をいただくこと)に。早いですね。

本来、名取は15歳から。なので、こんなに若いのに弾けるのかと揉めたようです。でも僕が習っていた杵勝会には名取の実技試験があるので、そこでピシッと演奏できたんですね。特例でいただきました。

東京藝大に進学され、その後、歌舞伎の立て三味線(三味線の首席)等、第一線で活躍されていますね。

この道一筋です。やはり、三味線が好きなんでしょうね。

その三味線の魅力とは?

やはり長唄の魅力ですね。長唄の曲は、本当にいろいろなものがあるんですよ。例えば歴史ものだったら『勧進帳』。頼朝に追われる源義経と弁慶が難所を切り抜ける有名な物語ですが、そうしたストーリーを音で表現できるのが大きな魅力ですね。唄ものは情景描写。月や雪、秋の虫音、そうしたものを三味線の音で表す面白さにとりつかれましたね。
長唄は150ぐらい曲があるのですが、現在、よく演奏されるのは50曲ほど。ただね、長唄というくらいで一曲が長いんですよ。平均20分、長い曲は1時間半もかかります。でも、聴いてみるとどれも面白い。ですので杵勝会では、そうした長唄の良いところばかり、聴きどころを抜粋して繋げて「抄曲集」として演奏したりもしています。

名曲をダイジェストで楽しめるような試みもなさっているのですね。芸事はテクニックを磨くのも大変そうですが。

テクニックももちろんですが、やはり大事なのは奏でる音で、これがまた、皆、違うんですよ。音は才能というか、天性のものがあるんですね。良い音を出す人は、何も考えずにポーンと弾いただけで、ああ良い音だな、と思わせる。そういう人は、やはり何か違うものを持っているんでしょう。

一音、聞いただけで…。

そう。大体、わかるんですよ。それから、三味線の構え。思うに、子どもの頃からやっている人は、構えがそれなりの形になっている。ですから日本の芸事は、プロを目指すなら子どもの頃からやったほうが良いと思いますね。役者さんでもなんでもそうだと思いますが、小さいうちからやることで、身につくんです。

小さいほど、素直に学ぶからでしょうか。

小さい頃はただもう一生懸命、先生と、先生の手を見ながら耳で聴いて覚える。小さいと譜面も読めないし、僕の頃は録音テープもありませんでしたから。後になってオープンリールが出てきましたけど、当時はそれもなかったからね。目で見て、先生の手を見て、耳で音を聴き体で吸収して覚えるんですよ。ですから小さい頃に習った曲は、今だって忘れていません。大人になってから譜面を見て弾く曲とは、違うんですね。自然に、音が体に入っているんです。子どもは邪念がないですからね。弾きながら「あの子とデートしよう」なんて全然、思わないでしょう? これが高校、大学になるとね(笑)。プロになるなら、やはりそれはマイナス。そういうことでしょうね。

杵屋さんが理事をされている杵勝会は長唄三味線の団体として最も規模が大きく、たくさんの方が入門されていますね。習い事として、三味線ができると生活に潤いが感じられそうですね。

演奏会を聴いたり歌舞伎を見て、あの人の演奏はいいなと思った方が杵勝会に訪ねてきて、その方に習ってお稽古を始めることも多いですね。お弟子さんたちは、小学校や中学校を巡回して演奏会をしたり、介護施設等で演奏して、皆さんに楽しんでいただく活動もやっています。今、名取だけで約3000人ぐらい、そのお弟子さんとなると万単位。海外のハワイやロサンゼルスにも支部があるんですよ。

杵屋さんは、海外でもたくさん演奏されていますね。

結構、いろいろな国に行きました。最近では、ハワイ大学から招待されて演奏会をやったり、スロベニア、スロバキアにも行きましたね。その時は日本舞踊神崎流宗家、神崎美乃さんの舞踊公演で長唄を演奏しました。また、歌舞伎の海外公演や、各国政府の招待で独奏公演を行ったり。ずいぶん前に東ドイツにも行ったのですが、その時は、ちょうど「ベルリンの壁」が取り壊される一週間前で。政情が不安定で大変でした。歌舞伎公演でしたから、100人近い団体なんですが、ドレスデンからプラハを通ってウィーンに行かなければいけない。ところが、予約してある列車が危険ということで、急遽バスに変更して、16~17時間かけてチェコスロバキア経由でウィーンに行ったのです。国境付近には銃を持った警備の兵もいてね。彼らは長い棒の先に鏡がついたものを使ってバスの下に誰か隠れていないかチェックしたんですよ。みんな機関銃を持っているから、怖かったですね(笑)。1989年のことです。

歴史の節目に居合わせたのですね。演奏を聴いた海外の方の反応はいかがでしたか?

海外はどこも、普通の日本の劇場で演奏するより、反応がすごかったですね。なにしろ、はるばる日本人が演奏に来るというので、日本の音楽を勉強して聴きに来るわけですから、熱心ですよね。

日本文化が浸透しているような手応えを感じましたか?

それは、まだまだですね。海外の方も三味線の演奏はわかるでしょうが、歌詞がわからない。日本人だって、何を歌っているかわからないでしょう? 江戸時代の言葉だから(笑)。

本来は聴く側も勉強をしたほうが良いのかもしれませんが、なかなかできません。解説があれば、安心して聴けるのですが…。

ある程度は勉強してもらいたいけれど、それは大変ですからね。ですから、演奏会の前に解説を入れると良いんですよ。先日行った「杵屋勝国をきく会」では、元NHKアナウンサーの葛西聖司さんが詳しく解説してくれたので、お客さんも、すごく納得してくれたみたいです。そうしたことを、もっとやったほうが良いですよね。

今回の公演『みんなの歌舞伎~kabuki for everyone~』は、海外の方にもわかるように英語での解説があるのですね。通訳は、一緒に出演される市村萬次郎さんのご長男で歌舞伎役者の市村竹松さん。市村萬次郎さんとは、どのようなお付き合いがあるのでしょうか?

杵勝会の家元、七代目・杵屋勝三郎のところに、市村萬次郎さんが若い頃、三味線を習いにきていたんですよ。僕もそこにいたのですが、萬次郎さんの三味線は上手かったですね。そうした学生時代からのご縁です。お互い、年齢もそう離れていないし、歌舞伎の公演でもよくご一緒します。地方のワークショップを一緒にやったこともありましたね。
それに最近の萬次郎さんは、お姫様役ばかりではなく、いろいろな舞台で面白い役をやっていて評判ですよね。表現の幅が広くて、奥が深いんですよ。ご子息(竹松さん)も歌舞伎の世界に入られて、これからが楽しみですね。彼は、真面目すぎるほど真面目なのがいいところだから。
〈同席されていた竹松さん〉 僕も三味線を習い始めたのですが、まだまだです…。ただ習う前と後では、舞踊の際の音の聴き方が全然違ってきました。最初は音に動きをどう合わせればよいかわからないこともあったのですが、習い始めたらスムーズに音が入ってくるようになりました。

竹松さんはインターナショナルスクール出身で英語が堪能ですから、日本語に自信のない外国の方も安心ですね。では、今回の公演はどんな内容ですか?

外国の方だと、三味線の演奏を聴くのはほとんどの方が初めてでしょう。そこで考えたのが、春夏秋冬です。国によっては季節感のないところもありますが、それでも春夏秋冬がどんなものかはわかるでしょう。ですから、それがテーマです。春の桜、夏の夕涼み、秋は月見や虫の声、そして冬の雪。それらを説明しながら、音で表現していきます。そんな“日本の情緒”を、外国の皆さんにも聴いていただこうと思います。

素晴らしいテーマですね!外国の方だけでなく、私たち日本人にとっても貴重な演奏が聴ける公演なのですね。では最後に、メッセージをお願いします。

三味線は、弾くのも楽しいけれど聴くのも楽しいんですよ。ぜひそれを、知っていただきたいですね。長唄には良い曲がたくさんありますし、これまであまり三味線を聴くチャンスがなかった方も楽しめるよう、一生懸命演奏しますから、ぜひ皆さんでいらしてください。楽しいですよ!

プロフィール

杵屋 勝国さん

杵屋 勝国(きねやかつくに)
1945年福岡県生まれ。6歳で杵屋寿太郎師に入門し、14歳で七代目家元、杵屋勝三郎師より杵屋勝国の名を許される。東京藝術大学邦楽科卒業。歌舞伎公演や長唄演奏公演、海外での公演も多数。坂東玉三郎、故中村勘三郎の歌舞伎舞踊の立て三味線や、テレビ・ラジオ出演、作曲等幅広く活躍。2009年松尾芸能賞受賞。現在、一般財団法人杵勝会理事長。