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ふれあいコラム

今、話題の人物をクローズアップ!
落語家 笑福 亭鉄瓶さん

落語家

笑福 亭鉄瓶さん
(しょうふくてい てっぺい)

64歳で文字を学び始めた苦難の人生を落語で表現。
「学ぶこと」のありがたさを感じてほしい!

10月23日に港区伝統文化交流館で開催される秋の落語会では、笑福亭鉄瓶さんによるノンフィクション落語「生きた先に」が披露されます。「生きた先に」を制作・上演しようと思ったきっかけや、そこに込めた思いなどについて、おうかがいしました。

「ノンフィクション落語」とは、どのようなものですか?

「ノンフィクション落語」とは、その名の通り、事実をもとにした落語です。落語には、古典落語、新作落語などの種類がありますが、「ノンフィクション落語」という種類の落語を、新しくつくったんです。私の師匠である笑福亭鶴瓶も、身近にあったことにスポットライトを当てる芸風で、僕はそこに感銘を受けて入門しました。実際に起きたことにこそ真実があり、あたたかみがあり、また厳しい現状を訴えかける力もあると思っています。
ノンフィクションなら、テレビやラジオで喋るとか、講演会のような形で伝えることもできるかもしれませんが、それでは自分にとって意味がありません。その方の人生を語らせていただくうえでは、それなりの覚悟(敬意)が必要です。僕にとっての覚悟とは、自分が生業としているものを使って、真剣勝負でその方の人生を伝えることだと思っています。

「生きた先に」を制作しようと思ったきっかけは、どんなことですか?

「生きた先に」の主人公である西畑保さんの人生を知ったのは、ある眠れない夜にネットサーフィンをしていたときでした。そこでたまたま見つけた記事に、小学2年生でいじめによって不登校となり、義務教育をほとんど受けずに12歳で働きはじめ、読み書きを学ぶ機会がないまま大人となった西畑さんの苦難の人生が紹介されていました。そこでは読み書きができないことを隠しながら結婚をして、二人の子どもを育てあげ、64歳から夜間中学校に通って妻の皎子(きょうこ)さんにラブレターを書いたことが話題になっていました。
読み書きがまったくできない状態で64歳から勉強を始めるのは、並大抵のことではありません。識字率が100パーセントに近い現代日本において、読み書きを学ぶことができない境遇にある方がいるということにも驚きました。
西畑さんはお子さんの出生届を出すときも、皎子さんに嫌われることを心配して、指を怪我したふりをして書類への記入を避けたそうです。そうやって色々な場面で、めちゃめちゃ頑張ってごまかしてこられたんです。ところがあるとき回覧板にサインができなかったことで、読み書きができないことが皎子さんにばれてしまいます。でもそこで皎子さんは怒るどころか、「つらかったやろ。なんでゆうてくれんのよ。ゆうてくれたら手伝えたやんか」と言ったそうです。なんて深い愛をもった人なんだろうと思いました。

このお話を通して伝えたいことは?

西畑さんには何度かお会いしましたが、底抜けに明るい人です。だからどんな苦境にあっても道を踏み外さずにこられたのだと思います。このお話を通して、この令和の時代に、過酷な環境の中でも明るく生き抜いてきた人がいることをまず知ってもらいたいと思っています。
そして子どもの頃に学ぶ機会を与えられていることがいかにありがたいことか、「学べることが当たり前」と思っている人に、伝えることができたらうれしいですね。
今は義務教育を受け、大学に行って、いい会社に就職するのが当たり前のようになっていますが、義務教育を受けることすら選択肢になかった人もおったんだよと。西畑さんもおっしゃっていましたが、「読み書きができるだけで、どれだけ人生の選択肢が広がることか」と。そのことを僕らはもっと自覚したほうがいいと思うんです。
自分自身、当たり前のように読み書きができて、その上で今こうして、世の中になくても困らない商売でごはんを食べさせてもらっています。本当にありがたいことです。僕らは、「教育は与えられて当たり前」「お金さえあれば欲しいものをいつでも手に入れられる」と思い込んでいますが、そうした価値観を一度リセットしなければならないんじゃないかとも思います。

落語を制作される過程で、ご苦労はありましたか?

西畑さんの何十年にもわたる人生のお話なので、入れたい出来事がたくさんあって、最初にできあがった落語は60分もの長さになりました。それでは長すぎるので30分に削りましたが、その作業がすごく大変で。どこを削ってどこを生かすか、ものすごく悩みましたね。西畑さんのお母さんはシングルマザーで、西畑さんが小学校2年生のときに亡くなり、そこから血の繋がりのある家族はいなくなったことなど、幼少期の境遇まで掘り下げたかったのですが、泣く泣くカットして……。
伝統的な落語の構成にも当てはまらず、演じ方にも工夫が必要でした。上方の古典落語では前半に笑いをもってきて、後半に話の核心に迫り、ほろりと泣かせる、という筋が多いんです。でも西畑さんのお話の場合は、前半でいじめられる、バカにされる、会社をクビになる……の繰り返しで笑いが少ない。後半で器の大きい妻に出会ってから心温まるエピソードも出てきて、笑いも入ってくるので、お客さまには「とにかく最後までついてきて」という思いで演じています。

「生きた先に」というタイトルをつけた理由を教えてください。

誰でも生きていれば、ときには苦難もあるかもしれないけれど、あきらめなければ、必ず何かいいことがあるはずです。まず何よりも生き続けることが大事なんだよ、という思いから、このタイトルをつけました。
西畑さんはどんな苦境にあってもあきらめずに生きたから、皎子さんという人とめぐり合うことができたし、あきらめずに生きたから、お父さんになることができた。あきらめずに生きたから、60代で夜間中学校で学ぶことができたんです。どんなに苦しくても死んでしまったらもとも子もない。そのことを伝えたいと思いました。
このタイトルは、お客さまそれぞれの人生にも当てはまります。「生きた先に〇〇」というニュアンスを含めていますが、「〇〇」の部分は、お客さまそれぞれに思い描いてほしいですね。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

真面目にやって損をするような世の中ではあってはいけないと思っています。人によって器用不器用はありますが、不器用なりにも一生懸命やっている人が、ちゃんと認められる世の中になってほしい。
実は僕もすごく不器用なんです。落語によく出てくるちょっと間抜けな人も、不器用なりに一生懸命生きています。そこが愛らしく、愛しいんです。不器用代表の僕が、僕なりに、「一生懸命生きている人に光を当てたい」という思いから、この落語をつくりました。
僕自身、一生懸命やっている人から「ああ、一生懸命やっているね」と言ってもらいたい。そう言ってもらえるだけで、すごくうれしいじゃないですか。「一生懸命やれば報われる」というのは、すごく出世するとか、お金持ちになるとか、地位や名誉が得られるとかいうことではないと思います。一生懸命やっている自分の姿を、同じように一生懸命やっている他の誰かが認めてくれる、そのこと自体に、価値があると思っています。
今、何かと忙しく、みんなせかせか生きている世の中ですが、休日のひとときだけでも落語の世界の住人になって、ゆったりと過ごしてみませんか。当日は、一席古典落語も披露するので、とにかく楽しんでいただけたら、うれしいですね。

プロフィール

落語家 笑福 亭鉄瓶さん

笑福亭鉄瓶
笑福亭鶴瓶の12番目の弟子として入門。上方落語の若手リーダー格として活躍。落語のみならず身近な日常ネタのトークも得意とし、ラジオやテレビなどでも活躍。平成25年「第50回なにわ芸術祭新人賞」受賞。平成28年「第71回文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞」受賞。新型コロナウイルス感染症の影響による自宅待機期間中には「レクリエーション介護士2級」の資格を取得。コミュニケーションを苦手とする方に向け、落語を用いて伝達力・コミュニケーション向上のサポートを行う。令和3年に落語の新たなジャンル「ノンフィクション落語」を確立。その第1作目「生きた先に」は、「夜間中学校の普及・応援にもつながれば」とあらゆる場所で披露され好評を博している。

落語家 笑福 亭鉄瓶さん
落語家 笑福 亭鉄瓶さん
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