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みなと区民大学

港区内の各大学との共催で開催
北里大学薬学部教授 田中信忠先生

北里大学薬学部 教授

田中信忠(たなかのぶただ) 先生

北里大学 vol.1
今回のテーマ
「タンパク質の形を見る」

Kissポート財団と港区内の各大学との共催で開催している「みなと区民大学」。 昨年度から新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、さまざまな手法を取り入れながら、新しい展開を模索しております。 今回もその一環として、共催大学のひとつ、北里大学のご協力のもと「誌面みなと区民大学」を今号から掲載します。 今年度のテーマは「暮らしに役立つ医療の知識と健康で豊かな人生のための基礎知識2021」。 健康に役立つ情報として、安全安心な生活に向けての一助としてくださいね。

はじめに

「タンパク質」と聞いて、何を想像しますか?栄養素の一つとして肉、魚、牛乳などに含まれていることは、良く知られていると思います。それ以外にも、ヒトの体の中で、タンパク質は様々な役割を担っています。例えば、食べ物の消化(各種消化酵素)、血液中での酸素の運搬(ヘモグロビン)、異物への対応(抗体のような免疫タンパク質)などが挙げられます。本稿では、ヒトだけでなく様々な生物の生存に重要な役割を担うタンパク質に関し、(1)どのくらいの大きさなのか、(2)大きさや形をどうやって観察するのか、そして(3)形を見ることで何の役に立つのか?についてなるべく平易な記述で(正確性を欠くかもしれませんが)紹介したいと思います。

(1)まず、タンパク質分子の大きさに注目してみます。

生物の大きさは様々ですが、ヒトは1 m程度、ネズミは10 cm(1/10 m)程度、ダンゴ虫は1 cm(1/100 m)程度、ミジンコは1 mm(1/1000 m)程度、酵母やカビなどは5-10 μm(5-10/1000000 m)程度、大腸菌などの細菌は1 μm(1/1000000 m、1 μm = 百万分の1 m)程度で、光学顕微鏡で観察できるのは、細菌のサイズが限界です。光学顕微鏡では見えない世界に目を向けると、ウイルス粒子の大きさは1000 Å(1/10000000 m、1 Å(オングストローム) = 百億分の1 m)程度で、タンパク質分子の大きさはさらに小さく、数十Å(十億分の数m))程度です。ヒトの体とタンパク質分子の大きさの比は、おおよそ、地球とゴルフボールの比に相当します。

(2)次に、顕微鏡では見ることができないほど小さな分子であるタンパク質の大きさや形(構造)をどうやって観察(構造解析)するのかについて紹介します。

タンパク質の主たる構造解析法として、(a)X線結晶構造解析法、(b)核磁気共鳴(NMR)法、(c)低温電子顕微鏡(Cyo-EM)法が挙げられます。それらの中で、筆者の専門である(a)X線結晶構造解析法について簡単に紹介します。まず、目的タンパク質の純粋な試料を調製します。現在では、大腸菌、昆虫細胞、動物細胞など様々な細胞に目的タンパク質を作らせる(発現させる)ことが可能ですので、目的タンパク質を発現した細胞を擦り潰し、大部分の細胞由来タンパク質と極一部の目的タンパク質との混合溶液の中から、純粋な目的タンパク質を単離(精製)します。純粋なタンパク質試料が得られたら、その試料を用いてタンパク質の「結晶」を作ります。どのような条件で結晶が得られるかは誰にも分からないので、何百種類もの条件をテストします。目的タンパク質の結晶が得られたら、その結晶にX線をあてて回折実験を行い、コンピュータで解析することでタンパク質の立体構造が明らかになります。

(3)最後に、タンパク質の形(立体構造)を見ることが一体何の役に立つのか?という疑問にお答えしたいと思います。

タンパク質の立体構造情報は、基本的生命現象の解明(例:遺伝情報伝達の仕組みを原子レベルで知る)、医療への応用(例:医薬品の開発)、産業への応用(例:耐熱性酵素の開発)等に役立ちます。ここでは、医療への応用について二例挙げたいと思います。一つは、タンパク質の立体構造情報に基づく医薬品開発(Structure-Based Drug Design, SBDD)です。医薬品の標的となるタンパク質(例:ヒトの体内で病気と関連するタンパク質や病原生物の生存に必須のタンパク質)が機能するために必須の部分の形(「鍵穴」に例えられます)が分かると、その鍵穴に「鍵」のようにピタリとはまり込んでタンパク質の働きを阻害する化合物(「くすり」と成り得ます)の合理的デザインが可能です(図)。例えば、抗インフルエンザ薬タミフルは、SBDDの手法を取り入れて開発された医薬品です。もう一つ、最新の応用例として、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するmRNAワクチン開発におけるタンパク質の立体構造情報利用例を紹介します(mRNAワクチン開発には、他にも様々な分野における基礎研究の成果が応用されています)。現在特例承認されている二種のmRNAワクチンは、いずれも、SARS-CoV-2表面の突起部分(Sタンパク質)をヒトの体内で作らせ、体内でそれに対する抗体ができることで、ヒトがウイルス感染に備えることができるという仕組みになっています。Sタンパク質が形を維持して体内で作られるとSARS-CoV-2感染に対する免疫効果が得られるのですが、Sタンパク質は、本来、形が崩れやすい性質(構造コアの部分が球状のロリポップ型から伸長したゴルフティー型へ変化してしまう)を持ちます。米国の研究グループは、Sタンパク質に対する2か所のアミノ酸置換により、ロリポップ型構造が維持されることを低温電子顕微鏡解析による立体構造解析で明らかにしました。そのアミノ酸置換情報が、Sタンパク質の設計図であるmRNAに取り込まれているのです。

プロフィール

田中信忠(たなか のぶただ)

田中信忠(たなか のぶただ)
日本学術振興会特別研究員(DC1)、昭和大学薬学部薬品物理化学教室・助手、同・講師、昭和大学分子分析センター・准教授を経て、2020年4月より北里大学薬学部創薬物理化学教室教授

SBDDの概念

図 SBDDの概念