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北里大学薬学部 教授
前田和哉(まえだかずや) 先生
Kissポート財団と港区内の各大学との共催で開催している「みなと区民大学」。 昨年度から新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、さまざまな手法を取り入れながら、新しい展開を模索しております。 今回もその一環として、共催大学のひとつ、北里大学のご協力のもと「誌面みなと区民大学」を本誌9月号から掲載しています。 今年度のテーマは「暮らしに役立つ医療の知識と健康で豊かな人生のための基礎知識2021」。 健康に役立つ情報として、安全安心な生活に向けての一助としてくださいね。
皆さんは、「よく効く薬」の条件ってなんだと思いますか? まず思いつくことに、「薬が標的分子に強固に結合すること」があります。しかし、それだけではヒトで「よく効く薬」にはなりえません。細胞実験で狙った通りの効果が観察されても、ヒトに投与した時に、その薬が体内からわずか数分で消失するなら、効果が持続しない可能性が考えられます。また、薬が標的分子のある場所に集積せず、関係ない場所にだけ分布するなら、ヒトでの効果は期待できません。すなわち「よく効く薬」の他の条件として、薬が効果を発揮するのに必要な濃度で必要な時間、体内の標的分子の所に居続けることが大事なのです。また、薬は体にとっては〝外来異物〟ですので、役割を終えたら適切なタイミングで体外へ排泄されることもまた重要です。こうした背景から、薬学の中には、体内の薬の動きを支配する要因を研究する「薬物動態学」という分野が存在します。
それでは、薬の動きは何によって決まるのでしょうか? 1つは、薬の化学構造を変えることで、薬を排泄されやすくしたり、薬効を変化(消失)させたりするタンパク質の「代謝酵素」です。代謝酵素には多くの種類があり、個々の酵素が受け入れられる基質の幅も非常に広いことから、無数の外来異物に対する生体防御機構として望ましい性質を有しているといえます。もう1つは、細胞膜上に発現するタンパク質で、化学構造選択的に細胞内への物質の取り込みや細胞外への排出を担う「トランスポーター」です。細胞膜は脂質から出来ているため、油に溶けやすい物質は簡単に膜を通過できますが、水に溶けやすい物質は膜を容易に通過できません。その場合、細胞に必要な水溶性ビタミンや核酸、ペプチド等は膜を通過できず、逆に脂溶性が高い有害物質等はどんどん膜を通過するので生体にとって不都合です。それを解消すべく、物質の構造を認識して、必要な物質は積極的に細胞に取り込み、不要な物質は細胞からくみ出す、いわゆる「細胞の門番」の役割をしているのがトランスポーターです。例えば、脳や精巣、胎児といった重要な部位と血液を隔てる細胞の壁〝関門組織〟においては、様々な排出トランスポーターが薬を血液側に積極的にくみ出すことで、重要部を保護する役割を担っています。
一方、代謝酵素やトランスポーターの機能は様々な要因によって変動します。例えば、2種類以上同時に薬が投与される場合、代謝酵素やトランスポーター分子の機能が併用薬により阻害される「薬物相互作用」があります。この場合、基質となる薬の排泄効率が変化して、薬の血中・臓器中濃度が変動することで、薬効強度や副作用発現に影響することがあります。最近では、医薬品だけでなく、食品成分やサプリメント等と薬の相互作用事例も増えています。例えば、高血圧の薬であるニフェジピンは、グレープフルーツジュースと一緒に投与すると、ジュース中の成分が消化管の代謝酵素(CYP3A4)を強力に阻害することで薬の血中濃度が大きく上昇する一方、別の作用を持つ高血圧の薬セリプロロールは、ジュースとの同時投与で逆に血中濃度が大幅に低下します(原因は、消化管吸収トランスポーターの阻害等複数の説があります)(図)。従って、薬効が同じ薬でも体内動態を決める要因は薬によって異なっており、相互作用のリスクは薬ごとに判断する必要があります。他にも、遺伝子配列の個人差や年齢、病態、生活習慣(喫煙)等様々な要因により代謝酵素やトランスポーターの機能は変動することが分かっており、これらの総体として薬の血中濃度には個人差が生まれると考えられています。
前田和哉(まえだかずや)
2002年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程中退、同
分子薬物動態学教室の教員に着任以来、助教・講師・准教授を経て、2021年4月より北里大学薬学部薬剤学教室教授
図:グレープフルーツジュースの併用が薬の種類によって血中濃度に与える影響が異なる例