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みなと区民大学

港区内の各大学との共催で開催
北里大学 薬学部 微生物薬品製造学教室 大城太一先生

北里大学 薬学部 微生物薬品製造学教室

大城太一(おおしろたいち) 先生

北里大学 vol.3
今回のテーマ
「微生物から薬を創る」

Kissポート財団と港区内の各大学との共催で開催している「みなと区民大学」。昨年度から新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、さまざまな手法を取り入れながら、新しい展開を模索しております。今回もその一環として、共催大学のひとつ、北里大学のご協力のもと「誌面みなと区民大学」を本誌9月号から掲載しています。今年度のテーマは「暮らしに役立つ医療の知識と健康で豊かな人生のための基礎知識2021」。健康に役立つ情報として、安全安心な生活に向けての一助としてくださいね。

「微生物から薬を創る」

はじめまして。北里大学薬学部微生物薬品製造学教室の大城太一と申します。今回は、微生物から創られる薬の話をしたいと思います。
みなさんは、「微生物」に、どのようなイメージを持っているでしょうか?
現在、猛威をふるっている新型コロナウイルス(SARS‐CoV‐2)などのような感染症や、ノロウイルスなどの食中毒の原因のように、悪いイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、味噌やパン、お酒(ビールやワインなど)といった食品加工において微生物の発酵が使われたり、微生物を利用した環境の整備(エコシステム)やバイオ燃料の原料として使われたりしています。最近では、腸内細菌というフレーズをよく聞くようになり、私たちの体内の微生物も注目されています。そして、ペニシリンやストレプトマイシンなどといった抗生物質などの薬を創る資源としても、利用されています。2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智特別栄誉教授が発見したイベルメクチンは、微生物の1つである放線菌の培養液から発見された化合物(エバーメクチン)から創られました。そして、最近では新型コロナウイルスの治療薬としての可能性も報道されたことから、みなさんの記憶にあるかもしれません。このように、微生物は、「薬を創る」ための資源として、感染症、がん、脂質異常症、糖尿病などの予防治療薬として利用されています。
我々の研究室では、日本各地から土壌サンプルを集め、微生物である放線菌や真菌(カビ)を分離し、その培養液を使って、新しい薬の種(シーズ)になるような化合物を探索しています。そして、そのシーズを使って、作用機序解析(化合物がどうやって、細胞や菌に効くか?)、生合成解析(微生物がどうやって化合物をつくるか?)、薬効評価(化合物が疾患モデルに効くか?)などを行い、医薬品を目指して、創薬研究を行っております。現在、その医薬品の候補として有望なシーズの1つに、ピリピロペンという化合物があります。
ピリピロペンAは、大村特別栄誉教授と供田特任教授(私の研究室の前教授)により、真菌(カビ)の培養液から脂質異常症(高コレステロール血症)や動脈硬化症の予防治療薬のシーズとして発見されました。ピリピロペンA発見当時(約30年前)から、創薬を目指したさまざまな開発が行われましたが、難しい状況が続きました。そのような中、ピリピロペンがSOAT2(2種類あるコレステロールをエステル化する酵素のうちの1つ)を選択的に阻害する唯一の化合物であることがわかりました。これまで、医薬品を目指して、SOATを阻害する化合物が数多く開発されてきましたが、失敗に終わりました。しかし、開発されたSOAT阻害化合物は、SOAT1とSOAT2を両方阻害するか、SOAT1を選択的に阻害するものしかありませんでした。そこで、我々は動脈硬化発症モデルマウスを用いて、唯一のSOAT2選択的阻害化合物ピリピロペンAの薬効評価を行いました。その結果、ピリピロペンAは、毒性を示すことなく、血中コレステロールを低下させ、動脈硬化の進展を抑えることを証明しました。さらに、より優れた薬効を求めて、誘導体合成(ピリピロペンAの化学構造を変換する)を展開し、ピリピロペンAより低用量で、血中コレステロール低下作用と動脈硬化進展抑制作用を示す誘導体を創ることに成功しました(図)。現在は、この誘導体が、脂肪肝にも効くことが新たにわかってきて、動脈硬化や脂肪肝に対する予防治療薬として開発できるように、創薬研究を進めています。
微生物から薬の新しいシーズをみつけ、実際に医薬品として使用されるまでには、長い時間と多大な労力がかかります。そのため、国内外の多くの製薬企業が「微生物資源からの創薬」から撤退している状況です。しかし、前述した抗生物質やイベルメクチンだけでなく、血中コレステロールを低下させるスタチン系医薬品(真菌の培養液から発見されたシーズから開発)や免疫抑制剤として使われているシクロスポリン(真菌の培養液から発見)やタクロリムス(放線菌の培養液から発見)など、微生物から発見された医薬品、もしくはシーズをもとに開発された医薬品は非常に多いです。最近でも、抗がん剤として承認されたカルフィルゾミブは、放線菌の培養液から発見されたシーズ(エポキソマイシン)から開発されました。したがって、我々のようなアカデミックの研究者が、泥臭く、根気よく、微生物からの創薬を盛り上げていくことが重要になっています。

プロフィール

大城太一(おおしろたいち)

大城太一(おおしろたいち)
北里大学大学院感染制御科学府で博士(生命科学)を取得後、自治医大、ウェイクフォレスト大(米国)、北里大(薬)、名古屋大(医)特任准教授を経て、2021年4月より北里大学薬学部微生物薬品製造学教室教授

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