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みなと区民大学

港区内の各大学との共催で開催
北里大学 薬学部教授 平山武司先生

北里大学 薬学部教授

平山武司(ひらやまたけし) 先生

北里大学 vol.5
今回のテーマ
がんの痛み治療に使う「医療用麻薬」の正しい知識
-世界の常識と日本人の誤解-

Kissポート財団と港区内の各大学との共催で開催している「みなと区民大学」。 昨年度から新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、さまざまな手法を取り入れながら、新しい展開を模索しております。 今回もその一環として、共催大学のひとつ、北里大学のご協力のもと「誌面みなと区民大学」を本誌9月号から掲載しています。 今年度のテーマは「暮らしに役立つ医療の知識と健康で豊かな人生のための基礎知識2021」。 健康に役立つ情報として、安全安心な生活に向けての一助としてくださいね。

1 がんの診断と治療

日本における死因別死亡率の年次推移から1980年以降は悪性新生物「がん」による死亡率が圧倒的に高いことがわかります(図1)。現在は日本人の二人に一人は「がん」と診断される時代です。一方、「がん」は早期に見つければ高い確率で治る時代になりました(図2)
がんを治すには、早期発見・早期治療が何より重要です。そのためには、定期的ながん検診が重要ですが、日本人の検診受診率は低く、乳がんや子宮頸がんは欧米人では70~80%、日本人は50%にも達していません。より多くの国民にがん検診の重要性を理解していただく必要があります。

図1

図2

2 がんの痛み治療の世界標準 -日本人は痛みを我慢している-

がんと診断された患者さんの多くは、早期から痛みを感じています。がんの痛み治療の世界基準(WHOがん性疼痛治療法)では、医療用麻薬を適正に使用すれば、90%以上の患者さんは、ほぼ痛みが取れるとの報告(1)があります。
2012年の調査(2)では疼痛治療先進国におけるがん性疼痛に使用された人口当たりの医療用麻薬の消費量は、日本の4~6倍です。また、がん性疼痛以外も含む医療用麻薬の総消費量では、アメリカやカナダは日本の15~20倍も消費しています(図3)。この結果は、「日本の患者さんは、痛みを我慢している」ということを証明しています。

図3

3 医療用麻薬に対する日本人の誤解

日本人の多くは、医療用麻薬について誤解をしています(図4)。正しい知識は以下の通りです。
① 医療用麻薬は、進行がんの終末期に最後の手段として使用するものではありません。医療用麻薬はがんの進行度ではなく、痛みの強さに応じて使用します。
② 痛みを我慢してはダメです。我慢すると、睡眠不足や食欲不振など身体的および精神的にもストレスになり、体調を崩す原因になります。また、痛みを我慢して放置すると、痛みの通り道が常に興奮状態(痛みの感作)になり、痛みをより強く感じたり、原因が取り除かれても痛みが継続したりすることがあります。体調を崩すと、がん治療ができないこともあります。
③ 医療用麻薬は正しく使えば中毒になりません。痛みがないのに麻薬を使用すると、脳内に快楽物質(ドパミン)が大量に放出され、快楽状態になります。これが中毒の原因です。痛みがあれば、脳内には嫌悪物質(ダイノルフィン)が溜まっている状態であり、麻薬により快楽物質(ドパミン)が放出されてもバランスがとれ、中毒になりません。
④ 寿命が縮まるようなことはありません。早い時期から痛み治療を始めることで、さまざまなストレスが軽減され、命を延ばす効果が期待できます。世界的に権威のある雑誌に発表された論文で、早期から痛み治療を開始した方が生存期間を延ばすことが証明されています(3)

図4

4 おわりに

人類最古の薬のひとつであるモルヒネ(医療用麻薬)は、今日でも使用されていることから分かるように、歴史が証明している良薬です。正しく使えば決して怖い薬ではありません。現在ではモルヒネに加え様々な医療用麻薬が開発され、患者さんの病態に合わせた選択が可能になりました。がんの痛みは絶対に我慢しないでください。痛みの程度を測る検査はありませんので、患者さんの訴えが重要です。痛みのある場合は遠慮せず、医師、看護師、そして薬の専門家である薬剤師にご相談ください。

参考文献

(1) Takeda F. Pain Clin. 1(2):83-9. 1986.
(2) Duthey B, Scholten W. J Pain Symptom Manage. 47(2):283-97. 2014.
(3) Temel JS, et al. N Engl J Med. 363(8):733-42. 2010.

プロフィール

平山武司(ひらやまたけし)

平山武司(ひらやまたけし)
北里大学薬学部卒、明治薬科大学大学院臨床薬学研究科博士課程修了、北里大学薬学部医療安全管理学教授。
北里大学病院薬剤部副部長、博士(臨床薬学)、緩和薬物療法認定薬剤師、緩和医療暫定指導薬剤師、日本医療薬学会認定指導薬剤師、感染制御専門薬剤師
ICD(インフェクションコントロールドクター)

2021年9月号から全5回でお届けした誌面みなと区民大学について、ぜひ皆さまのご意見をお聞かせください。
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